万葉集 巻第八 1523〜1529番
秋風の 吹きにし日より
秋風の吹きはじめた日から、いつかいつかと私が待ち恋いしていたあなたが、おいでになった。天の川の波、袖を振れば見える近さ、別れのあとの恋しさ、彦星の妻迎えの船、天の河原で待つ織女。山上憶良の七夕の歌十二首のうち終わりの七首。
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題詞山上臣憶良の七夕の歌(3)
- 1秋秋あき風風かぜののの秋風之1523
- 2吹吹ふきききにににししし日日ひよりよりより吹爾之日從
- 3いついついつしかしかしかととと何時可登
- 4吾吾わががが待待まちちち戀戀こひひいししし吾待戀之
- 5君君きみぞぞぞ來來きませませませるるる君曾來座流
- 6天天あまの漢漢がわ天漢1524
- 7いといといと河河かわ浪浪なみははは伊刀河浪者
- 8立立たたたたねねねどもどもども多多禰杼母
- 9伺候伺候さもらひひい難難がたししし伺候難之
- 10近近ちかきききこのこのこの瀨瀨せををを近此瀨乎
- 11袖袖そで振振ふらららばばば袖振者1525
- 12見見みもももかはしかはしかはしつつつべくべくべく見毛可波之都倍久
- 13近近ちかけけけどもどもども雖近
- 14渡渡わたるるるすべすべすべ無無なししし度爲便無
- 15秋秋あきにににしししあらあらあらねねねばばば秋西安良禰波
- 16玉玉たまかぎるかぎるかぎる玉蜻蜓1526
- 17髣髴髣髴ほのかににに見見みえええててて髣髴所見而
- 18別別わかれれれなばなばなば別去者
- 19もとなもとなもとなややや戀戀こひひいむむん毛等奈也戀牟
- 20逢逢あふふう時時ときまでまでまでははは相時麻而波
- 21牽牛牽牛ひこぼしののの牽牛之1527
- 22嬬嬬つま迎迎むかへへえ船船ぶね迎嬬船
- 23榜榜こぎぎぎ出出ずらしらしらし己藝出良之
- 24天天あまののの河河かわ原原らににに漢原爾
- 25霧霧きりののの立立たてててるるるははは霧之立波
- 26霞霞かすみ立立たつつつ霞立1528
- 27天天あまののの河河かわ原原らににに天河原爾
- 28君君きみ待待まつつつととと待君登
- 29いいいゆきゆきゆきかへるかへるかえるににに伊往還爾
- 30裳裳もののの裾裾すそぬれぬれぬれぬぬぬ裳襴所沾
- 31天天あまののの河河かは天河1529
- 32浮津浮津うきつののの浪浪なみ音音おと浮津之浪音
- 33騷騷さわぐぐぐなりなりなり佐和久奈里
- 34吾吾わががが待待まつつつ君君きみししし吾待君思
- 35舟舟ふな出出ですらしすらしすらしももも舟出爲良之母
現代語訳
〔1523〕秋風が吹きはじめた日から、いつかいつかと私が待ち恋いしていたあなたが、おいでになった。
〔1524〕天の川は、ひどく川波が立っているわけではないのに、渡る機会をうかがうのが難しい。こんなに近い瀬なのに。
〔1525〕袖を振れば互いに見交わせるほど近いけれども、渡る手だてがない。秋ではないので。
〔1526〕(玉かぎる)ほのかに姿を見ただけで別れてしまったら、むやみに恋しく思うだろう。また逢う時までは。
〔1527〕彦星の妻を迎える船が漕ぎ出したらしい。天の河原に霧が立っているのは。
〔1528〕霞の立つ天の河原で、あなたを待つとて行ったり来たりするうちに、裳の裾が濡れてしまった。
〔1529〕天の川の浮津の波音が騒がしい。私が待っているあなたが、舟出をするらしい。
意訳
憶良の七夕の歌の終わりの七首である。待ちに待った彦星の到来を喜ぶ織女の歌、近い瀬なのに渡る時を待たなければならない彦星の歌、秋でないので渡れないもどかしさ、短い逢瀬のあとの恋しさが続く。1527番以下は、霧を彦星の船の水しぶきに見立てる歌、待ちわびて天の河原を行き来する織女の歌、波音に彦星の舟出を知る歌である。1523〜1526番は天平2年(730)7月8日、大宰帥大伴旅人の家での集まりで作られた。
語釈・文法注
文法・本文
- 伺候ひ難し
- 「さもらひがたし」。様子をうかがって渡る機会を待つのが難しい。
- もとな
- むやみに。
- 浮津
- 船の泊まる津。
和歌
- 作者
- 山上憶良(660?–733?)
遣唐使として唐に渡り、のちに筑前守となった。人生や社会を見つめた歌、七夕の歌などで知られる。 - 出典
- 『万葉集』巻第八・雑歌・1523〜1529番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 山上憶良の七夕の歌。1523〜1526番は天平2年(730)7月8日の夜、大宰帥大伴旅人の家の集まりで作った。
修辞
- 見立て
- 1527番で、霧を彦星の船の立てるしぶきと見る。
- 枕詞
- 1526番の「玉かぎる」が「髣髴」にかかる。
解説
彦星と織女の両方の立場から歌い分けている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、318頁(コマ163)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、358頁(コマ185)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日