古典ライブラリー

万葉集 巻第八 1510番

瞿麥は 咲きて散りぬと

大伴家持(おおとものやかもち)

撫子は咲いて散ってしまったと人は言うけれど、私が標を結った野の花がそうだというのだろうか、いやそうではあるまい。大伴家持が紀女郎に贈った歌。

標縄を張った野に撫子が咲いている

題詞大伴家持、紀女郎に贈れる歌一首

  1. 1瞿麥なでしこ瞿麥なでしこなでしこははは瞿麥者
  2. 2咲さ咲ささきききててて散ち散ちちりりりぬぬぬととと咲而落去常
  3. 3人ひと人ひとひとははは言い言いいへへえどどど人者雖言
  4. 4吾わ吾わわががが標し標ししめめめししし野ぬ野ぬぬののの吾標之野乃
  5. 5花はな花はなはなにににあらあらあらめめめやもやもやも花爾有目八方

引用の仕方

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現代語訳

撫子は咲いて散ってしまったと人は言うけれど、私が標を結った野の花がそうだというのだろうか、そんなことはあるまい。

意訳

紀女郎の心が変わったと噂する人がいるが、自分が標を結って自分のものとした花(紀女郎)にかぎって、そんなことはあるまいと信じている。

語釈・文法注

文法・本文

標めし
標を結って自分のものとした。

和歌

作者
大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守などを務め、のちに中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した。
出典
『万葉集』巻第八・相聞・1510番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
状況
大伴家持が紀女郎に贈った歌。

修辞

寓意
撫子に紀女郎をたとえる。
反語
「花にあらめやも」。

解説

紀女郎との一連の贈答の一首である。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、316頁(コマ162)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、355頁(コマ183)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日