万葉集 巻第八 1507〜1509番
いかといかと ある吾が屋前に
わが家の庭に枝を張る橘の花を、あなたに一目見せるまでは散るなと守ってきたのに、憎らしいほととぎすが明け方に来て鳴いて散らすので、しかたなく折り取った。見てください。大伴家持が橘の花を折って坂上大嬢に贈った長歌と反歌。
場面イラスト(準備中)
題詞大伴家持、橘花を攀ぢて坂上大孃に贈れる歌一首并に短歌
- 1いかといかといかといかといかといかとあるあるある吾吾わががが屋屋に前前はににに伊加登伊可等 有吾屋前爾1507 長歌
- 2百百もも枝枝え刺刺さししし生生おふるふるうる橘橘たちばな百枝刺 於布流橘
- 3玉玉たまににに貫貫ぬくくく五五さ月月つきををを近近ちかみみみ玉爾貫 五月乎近美
- 4あえあえあえぬぬぬがにがにがに花花はな咲咲さきききにににけりけりけり安要奴我爾 花咲爾家里
- 5朝朝あさににに日日けににに出出いででで見見みるるるごとごとごとににに朝爾食爾 出見毎
- 6氣氣いきののの緒緒をににに吾吾わががが念念おもふふう妹妹いもににに氣緖爾 吾念妹爾
- 7まそまそまそ鏡鏡かがみ淸淸きよききき月月つく夜夜よににに銅鏡 清月夜爾
- 8ただただただ一一ひと目目め見見みせせせむむんまでまでまでにににははは直一眼 令覩麻而爾波
- 9散散ちりりりこすこすこすななな努努ゆめととといひいひいいつつつつつつ落許須奈 由米登云管
- 10幾幾ここ許許だくももも吾吾わががが守守もるるるものものものををを幾許 吾守物乎
- 11慨慨うれたきききややや醜醜しこほととぎすほととぎすほととぎす宇禮多伎也 志許霍公鳥
- 12曉曉あかときのののうらうらうら悲悲がなしきしきしきににに曉之 裏悲爾
- 13追追おへへえどどど追追おへへえどどどなほなほなおももも來來き鳴鳴なきききててて雖追雖追 尙來鳴而
- 14徒徒いたずらららににに地地つちににに散散ちらせらせらせばばば徒 地爾令散者
- 15術術すべををを無無なみみみ攀攀よぢぢじててて手手た折折おりりりつつつ見見みませませませ吾吾わぎ妹妹も子子こ爲便乎奈美 攀而手折都 見末世吾妹兒
- 16十五十五もち夜夜よ降降くたちちち望降1508 反歌
- 17淸淸きよききき月月つく夜夜よににに清月夜爾
- 18吾吾わぎ妹妹も子子こににに吾妹兒爾
- 19見見みせせせむむんととと念念おもひひいししし令覩常念之
- 20屋屋に前前はののの橘橘たちばな屋前之橘
- 21妹妹いもががが見見みててて妹之見而1509 反歌
- 22後後のちももも鳴鳴なかかかなむなむなん後毛將鳴
- 23ほととぎすほととぎすほととぎす霍公鳥
- 24花花はな橘橘たちばなををを花橘乎
- 25地地つちににに散散ちらしらしらしつつつ地爾落津
現代語訳
〔1507〕りっぱに茂るわが家の庭に、たくさんの枝を張って生えている橘は、玉に貫く五月が近いので、こぼれ落ちそうなほどに花が咲いた。朝に昼に出て見るたびに、命がけで私が思うあなたに、(まそ鏡)清らかな月夜に、ただ一目見せるまでは散ってくれるな、決して、と言いながら、たいそう私が守ってきたのに、いまいましいことに、醜いほととぎすが、明け方のもの悲しい時に、追っても追ってもなおも来て鳴いて、むやみに地に散らすので、しかたなく、引き寄せて折り取った。見てください、あなた。
〔1508〕満月を過ぎた清らかな月夜に、あなたに見せようと思っていた庭の橘よ。
〔1509〕あなたが見てから後に鳴いてくれればよいのに、ほととぎすは、花橘を地に散らしてしまった。
意訳
家持は庭の花橘を、坂上大嬢に月夜に一目見せようと大切に守ってきたが、ほととぎすが明け方に来て鳴き、花を散らしてしまう。追い払ってもきかないので、やむなく枝を折って贈ると歌う。反歌は、見せようと思っていた月夜の橘、大嬢が見たあとで鳴いてくれればよかったのにという悔しさを歌っている。
語釈・文法注
文法・本文
- いかといかと
- りっぱに茂るさまの語とされる。
- あえぬがに
- こぼれ落ちそうなほどに。
- 慨きや
- 「うれたきや」。いまいましいことに。
- 醜霍公鳥
- 「しこほととぎす」。憎らしいほととぎす。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守などを務め、のちに中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した。 - 出典
- 『万葉集』巻第八・相聞・1507〜1509番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 大伴家持が橘の花を折り取って、坂上大嬢に贈った長歌と反歌。
修辞
- 枕詞
- 「まそ鏡」が「淸き」にかかる。
- 反復
- 「追へど追へど」。
解説
ほととぎすを「醜」と罵る、愛すべき人間味のある歌である。夏相聞はこの歌群で終わる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、315頁(コマ161)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、354頁(コマ183)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日