古典ライブラリー

万葉集 巻第六 1037番

今つくる 久邇の王都は

大伴家持(おおとものやかもち)

今造っている久邇の都は、山や川の清らかなのを見ると、なるほどここをお治めになるのももっともだ。恭仁京をたたえた大伴家持の歌。

山に囲まれた川沿いの地に、新しい宮殿が建てられつつあり、木津川が清らかに流れている

題詞十五年癸未秋八月十六日、內舍人大伴宿禰家持、久邇京を讃めて作れる歌一首

  1. 1今いま今いまいまつくるつくるつくる今造
  2. 2久邇くに久邇くにくにののの王みや王みやみや都こ都ここははは久邇乃王都者
  3. 3山やま山やまやま河かは河かはかわののの山河之
  4. 4さやけきさやけきさやけき見み見みみれれればばば清見者
  5. 5うべうべうべ知し知ししらすらすらすらしらしらし宇倍所知良之

引用の仕方

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現代語訳

今造っている久邇の都は、山や川の清らかなのを見ると、なるほど天皇がここをお治めになるのももっともらしい。

意訳

天平15年(743)8月、家持は造営中の恭仁京をたたえた。山も川も清らかなこの地を都に選んだのは、もっともなことだと歌っている。

語釈・文法注

文法・本文

うべ
なるほど、もっともなことに。

和歌

作者
大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守などを務め、のちに中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残した。
出典
『万葉集』巻第六・雑歌・1037番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
状況
天平15年(743)8月16日、内舎人の大伴家持が恭仁京をたたえて詠んだ歌。

解説

恭仁京は天平12年(740)末から造営されたが、天平16年には難波へ、さらに紫香楽・平城へと都は移っていった。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、249頁(コマ128)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、271頁(コマ141)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日