万葉集 巻第六 981〜983番
獵高の 高圓山を
高円山が高いからか、出てくる月がなかなか光らない。夜霧が立ちこめておぼろに照る月は、見ると悲しい。山の端のささらえ壮子が、天の原を渡る光を見るのはよい。坂上郎女の月の歌三首。
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題詞大伴坂上郎女の月の歌三首
- 1獵獵かり高高たかののの獵高乃981
- 2高高たか圓圓まと山山やまををを高圓山乎
- 3高高たかみみみかもかもかも高彌鴨
- 4出出いででで來來くるるる月月つきののの出來月乃
- 5遲遲おそくくく光光てるるるらむらむらん遲將光
- 6ぬばたまぬばたまぬばたまののの烏玉乃982
- 7夜夜よ霧霧ぎりののの立立たちちちててて夜霧立而
- 8欝欝おほほしくくく不淸
- 9照照てれれれるるる月月つく夜夜よののの照有月夜乃
- 10見見みれれればばば悲悲かなしさしさしさ見者悲沙
- 11山山やまののの端端はののの山葉983
- 12ささらえささらえささらえ壯壯おと子子こ左佐良榎壯子
- 13天天あまののの原原はら天原
- 14門門と渡渡わたるるる光光ひかり門度光
- 15見見みらくらくらくしししよしよしよしももも見良久之好藻
現代語訳
〔981〕(獵高の)高円山が高いからか、出てくる月が遅く照るのだろう。
〔982〕(ぬばたまの)夜霧が立って、ぼんやりと照っている月夜を見ると悲しいことだ。
〔983〕山の端に出たささらえ壮子が、天の原の門を渡っていく光を見るのはよいことだ。
意訳
坂上郎女の月の歌三首である。高円山の向こうからなかなか昇らない月、夜霧にかすむおぼろな月の悲しさ、そして天の原を渡っていく月の光の美しさを歌う。983番では、月を「ささらえ壮子」という若者に見立てている。
語釈・文法注
文法・本文
- 獵高の
- 「高円」にかかる枕詞。
- ささらえ壮子
- 月の別名。月を若い男子に見立てた言い方。
和歌
- 作者
- 大伴坂上郎女(生没年未詳)
大伴安麻呂の娘で、旅人の異母妹。家持の叔母で、のちに姑となった。万葉集の女性歌人のうち最も多くの歌を残した。 - 出典
- 『万葉集』巻第六・雑歌・981〜983番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 大伴坂上郎女の月の歌三首。
修辞
- 擬人法
- 983番で、月を「ささらえ壮子」と呼ぶ。
- 枕詞
- 「獵高の」「ぬばたまの」。
解説
月を男子に見立てる表現は、次の985番の「月讀壮子」にも見られる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、238頁(コマ123)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、260頁(コマ136)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日