古典ライブラリー

万葉集 巻第六 965〜968番

凡ならば 左も右も爲むを

児島(こじま)

普通の身分の方なら、どうにでもしましょうに、恐れ多くて、振りたい袖をこらえています。大和への道は雲に隠れてしまったが、私が袖を振るのを無礼と思わないで。都へ帰る大伴旅人と、遊行女婦児島との別れの歌。

大宰府近くの水城の土塁の上で、女性が袖を振り、馬上の貴人が振り返って涙をぬぐっている

題詞冬十二月、太宰帥大伴卿の京に上る時、娘子の作れる歌二首/大納言大伴卿の和ふる歌二首

  1. 1凡おほ凡おほおおならならならばばば凡有者965 児島
  2. 2左か左かかももも右かく右かくかくももも爲せ爲せせむむむををを左毛右毛將爲乎
  3. 3恐かしこ恐かしこかしこみみみととと恐跡
  4. 4振ふ振ふふりりりたきたきたき袖そで袖そでそでををを振痛袖乎
  5. 5忍しの忍しのしのびびびてててあるあるあるかもかもかも忍而有香聞
  6. 6大和やまと大和やまとやまと道ぢ道ぢじははは倭道者966 児島
  7. 7雲くも雲くもくも隱がく隱がくがくりりりたりたりたり雲隱有
  8. 8然しか然しかしかれれれどもどもども雖然
  9. 9我わ我わわががが振ふ振ふふるるる袖そで袖そでそでををを余振袖乎
  10. 10無なめ無なめなめ禮し禮ししととと思も思ももふふうななな無禮登母布奈
  11. 11大和やまと大和やまとやまと道ぢ道ぢじののの日本道乃967 大伴旅人
  12. 12吉備きび吉備きびきびののの兒島こじま兒島こじまこじまををを吉備乃兒島乎
  13. 13過す過すすぎぎぎててて行ゆ行ゆゆかかかばばば過而行者
  14. 14筑紫つくし筑紫つくしつくしののの兒島こじま兒島こじまこじま筑紫乃子島
  15. 15おもほえおもほえおもおえむむんかもかもかも所念香聞
  16. 16丈ます丈ますます夫らを夫らをらおととと大夫跡968 大伴旅人
  17. 17おもへおもへおもえるるる吾われ吾われわれややや念在吾哉
  18. 18水みづ水みづみず莖くき莖くきくきののの水莖之
  19. 19水城みづき水城みづきみずきののの上うへ上うへうえににに水城之上爾
  20. 20涕なみだ涕なみだなみだ拭のご拭のごのごははわむむん泣將拭

引用の仕方

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現代語訳

〔965〕並の身分の方なら、ああもこうもしましょうに、恐れ多いので、振りたい袖をこらえているのです。

〔966〕大和への道は雲に隠れてしまった。けれども、私が袖を振るのを、無礼だとお思いにならないでください。

〔967〕大和への道の吉備の児島を通り過ぎて行ったら、筑紫の児島のことが思われるだろうか。

〔968〕ますらおと思っていたこの私が、(水莖の)水城の上で、涙をぬぐうことになろうとは。

意訳

天平2年(730)12月、大納言となって都へ帰る大伴旅人は、大宰府の外れの水城で馬を止め、館を振り返った。見送りの官人の中に遊行女婦の児島がいて、身分の高い方だからと袖を振るのをこらえていたが、やはり振らずにはいられないと歌う。旅人は、吉備の児島を通るときにはきっと筑紫の児島を思い出すだろうと答え、ますらおの自分が水城の上で涙をぬぐうことになろうとはと、別れの悲しみを素直に歌っている。

語釈・文法注

文法・本文

凡ならば
並の人ならば。
水莖の
「水城」にかかる枕詞。
水城
大宰府を守るために築かれた土塁と堀。

和歌

作者
児島(生没年未詳)
筑紫の遊行女婦。巻第三の381番の作者。
出典
『万葉集』巻第六・雑歌・965〜968番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
状況
天平2年(730)12月、大宰帥大伴旅人が都へ上るとき、水城で遊行女婦の児島が詠んだ歌二首と、旅人が答えた歌二首。

修辞

掛詞
967番で、吉備の児島と筑紫の児島(娘子の名)とをかける。
枕詞
「水莖の」。

解説

身分を超えた別れの情を伝える、万葉集でも印象深い贈答である。水城は今も福岡県太宰府市・大野城市に遺構が残る。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、235頁(コマ121)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、257頁(コマ134)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日