古典ライブラリー

万葉集 巻第六 946〜947番

御食向ふ 淡路の島に

山部赤人(やまべのあかひと)

淡路島に向かい合う敏馬の浦では、沖で深海松を採り、浦で名告藻を刈る。その深海松のように見たいと思うけれど、名告藻のように名を惜しんで、使いも遣らずにいて、生きた心地もしない。赤人の恋の思いを託した旅の歌。

敏馬の浦の海辺で、海人たちが海藻を刈っている。沖には淡路島が横たわっている

題詞敏馬浦を過ぐる時、山部宿禰赤人の作れる歌一首并に短歌

  1. 1御み御みみ食け食けけ向むか向むかむかふふう淡路あはぢ淡路あはぢあわじののの島しま島しましまににに御食向 淡路乃島二946 長歌
  2. 2直ただ直ただただ向むか向むかむかふふう敏馬みぬめ敏馬みぬめみぬめののの浦うら浦うらうらののの直向 三犬女乃浦能
  3. 3沖おき沖おきおきべべべにににははは深ふか深ふかふか海み海みみ松る松るる採と採ととりりり奧部庭 深海松採
  4. 4浦うら浦うらうら回み回みみにににははは名な名なな告のり告のりのり藻そ藻そそ苅か苅かかるるる浦回庭 名告藻苅
  5. 5深ふか深ふかふか海み海みみ松る松るるののの見み見みみまくまくまく欲ほ欲ほほしけしけしけどどど深見流乃 見卷欲跡
  6. 6名な名なな告のり告のりのり藻そ藻そそののの己おの己おのおのががが名な名なな惜を惜をおしみしみしみ莫告藻之 己名惜三
  7. 7間ま間まま使つかひ使つかひつかいももも遣や遣ややらららずずずててて吾われ吾われわれははは生い生いいけけけりりりともともとも無な無ななししし間使裳 不遣而吾者 生友奈重二
  8. 8須磨すま須磨すますまののの海あ海ああ人ま人ままののの爲間乃海人之947 反歌
  9. 9鹽しほ鹽しほしお燒やき燒やきやき衣ぎぬ衣ぎぬぎぬののの鹽燒衣乃
  10. 10馴な馴ななれれれなななばばばかかか奈禮名者香
  11. 11一ひと一ひとひと日ひ日ひひももも君きみ君きみきみををを一日母君乎
  12. 12忘わす忘わすわすれれれててて念おも念おもおもははわむむん忘而將念

引用の仕方

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現代語訳

〔946〕(御食向ふ)淡路の島にまっすぐ向かい合う敏馬の浦の、沖の方では深海松を採り、浦のあたりでは名告藻を刈る。その深海松のように見たいと思うけれど、名告藻のように自分の名が惜しくて、使いも遣らずに、私は生きている心地もしない。

〔947〕須磨の海人の塩焼き衣が着なれるように、慣れ親しんだならば、一日でもあなたを忘れて思うことがあろうか。

意訳

敏馬の浦(神戸市灘区)を通ったときの歌である。浦の海人が採る深海松(ふかみる)の「みる」から「見たい」を、名告藻(なのりそ)から「名を惜しむ」を導き、逢いたいけれど評判を気にして使いも出せず、生きた心地もしないと恋の苦しさを歌う。反歌では、塩焼き衣のように慣れ親しんだら一日もあなたを忘れないだろうと歌っている。

語釈・文法注

文法・本文

御食向ふ
「淡路」にかかる枕詞。
深海松
「ふかみる」は深い所に生える海松(みる)。
名告藻
「なのりそ」はホンダワラ。「名告るな」の意をかける。
生けりとも無し
原文「生友奈重二」は、「なし」に「奈重二(七重に…)」をあてた戯書。

和歌

作者
山部赤人(生没年未詳)
聖武天皇の時代の宮廷歌人。自然の景色を清らかに描く叙景歌にすぐれ、のちに人麻呂とともに歌聖とたたえられた。
出典
『万葉集』巻第六・雑歌・946〜947番
歌体
長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
時期
第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
状況
山部赤人が、敏馬の浦を通るときに詠んだ長歌と反歌。左注によれば年月は不明だが、類によりここに載せたという。

修辞

序詞
「沖べには深海松採り」が「見まく」を、「浦回には名告藻苅る」が「名」を導く。
枕詞
「御食向ふ」。

解説

原文の「三犬女」(みぬめ)は、三・犬(ぬ)・女(め)をあてた戯書。海藻の名を恋の心に重ねる、言葉の技巧に富んだ歌である。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、232頁(コマ120)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、252頁(コマ132)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日