万葉集 巻第五 876〜879番
天飛ぶや 鳥にもがもや
空を飛ぶ鳥になりたい、都まで送って飛んで帰って来られるのに。大納言となって都へ帰る大伴旅人を、書殿での送別の宴で山上憶良が送った歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞書殿にて餞酒せる日の倭歌四首
- 1天天あま飛飛とぶぶぶややや阿麻等夫夜876
- 2鳥鳥とりにににもももがががもももややや等利爾母賀母夜
- 3京京みやこまでまでまで美夜故摩提
- 4送送おくりりり申申もうしししててて意久利摩遠志弖
- 5飛飛とびびび歸歸かえるるるものものもの等比可弊流母能
- 6人人ひと皆皆みなののの比等母禰能877
- 7うらうらうらぶれぶれぶれ居居おるるるににに宇良夫禮遠留爾
- 8立田立田たつた山山やま多都多夜麻
- 9御御み馬馬ま近近ちかづかづかずかばばば美麻知可豆加婆
- 10忘忘わすらしらしらしなむなむなんかかか和周良志奈牟迦
- 11言言いひひいつつつつつつももも伊比都々母878
- 12後後のちこそこそこそ知知しらめらめらめ能知許曾斯良米
- 13とのしくとのしくとのしくももも等乃斯久母
- 14不不さぶ樂樂しけめけめけめやもやもやも佐夫志計米夜母
- 15君君きみ坐坐いまさささずずずしししててて吉美伊麻佐受斯弖
- 16萬萬よろず代代よににに余呂豆余爾879
- 17坐坐いまししし給給たまひひいててて伊麻志多麻比提
- 18天天あめののの下下した阿米能志多
- 19まをしまをしまおし給給たまははわねねね麻乎志多麻波禰
- 20朝朝み廷廷かど去去さらららずずずててて美加度佐良受弖
現代語訳
〔876〕空を飛ぶ鳥であったらよいのに。都までお送り申し上げて、飛んで帰って来られるものを。
〔877〕人々が皆しょんぼりしているのに、立田山に御馬が近づいたら、私たちのことはお忘れになるだろうか。
〔878〕こうして言ってはいても、後になってこそわかるだろう。どれほどさびしいことか、あなたがいらっしゃらなくて。
〔879〕いつまでも長生きなさって、天下の政治をお執りになってください。朝廷を去らずに。
意訳
天平2年(730)12月、大納言となって都へ帰る大伴旅人のために、大宰府の書殿で送別の宴が開かれた。憶良は、鳥になって都まで送って行きたいと言い、大和の入り口の立田山まで来たら、筑紫の私たちのことなど忘れてしまうだろうかと恨みごとを言う。あなたがいなくなってからこそ、さびしさがわかるだろうと嘆きつつ、最後は、いつまでも朝廷で重く用いられるようにと、旅人の前途を祝っている。
語釈・文法注
文法・本文
- うらぶれ
- しょんぼりと元気をなくす。
- とのしくも
- 語義未詳。たいそう、の意かという。
- まをし給はね
- 天下の政治を奏上なさってください。
和歌
- 作者
- 山上憶良(660?–733?)
遣唐使に加わって唐に渡り、のちに筑前守となった。大宰府で大伴旅人と交わり、人生や社会、家族への愛を詠んだ独自の歌を残した。 - 出典
- 『万葉集』巻第五・雑歌・876〜879番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 天平2年(730)12月、大宰府の書殿で大伴旅人の送別の宴を開いた日に、山上憶良が詠んだ倭歌四首。
解説
題の「倭歌」は、宴で漢詩とともに詠まれた和歌であることを示す。旅人との別れを惜しむ憶良の心情が率直に表れている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、204頁(コマ106)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、222頁(コマ117)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日