万葉集 巻第五 868〜870番
松浦縣 佐用姫の子が
佐用姫が領巾を振ったという山の名を、私は聞いているだけなのか。神功皇后が鮎を釣ったという石を誰が見たのか。百日もかからない松浦路なのに、なぜ行けないのか。松浦へ行けない嘆きを旅人に訴えた山上憶良の歌三首。
場面イラスト(準備中)
題詞(憶良誠惶頓首謹啓す……三首の鄙歌)
- 1松浦松浦まつら縣縣がた麻都良我多868
- 2佐用姫佐用姫さよひめののの子子こががが佐欲比賣能故何
- 3領領ひ巾巾れ振振ふりりりししし比列布利斯
- 4山山やまののの名名なのみのみのみややや夜麻能名乃美夜
- 5聞聞ききききつつつつつつ居居おらららむむん伎々都々遠良武
- 6足足たらし姫姫ひめ多良志比賣869
- 7神神かみののの命命みことののの可尾能美許等能
- 8魚魚な釣釣つらすらすらすととと奈都良須等
- 9御御み立立たたしたしたしせりせりせりししし美多多志世利斯
- 10石石いしををを誰誰たれ見見みききき伊志遠多禮美吉
- 11百百もも日日かしもしもしも毛毛可斯母870
- 12行行ゆかかかぬぬぬ松浦松浦まつら路路じ由加奴麻都良遲
- 13今日今日きょう行行ゆきききててて家布由伎弖
- 14明日明日あすははは來來きなむなむなむををを阿須波吉奈武遠
- 15何何なにかかか障障さやれれれるるる奈爾可佐夜禮留
現代語訳
〔868〕松浦の県の佐用姫が領巾を振ったという山の、名だけを聞いていることになるのだろうか。
〔869〕足姫の命(神功皇后)が魚をお釣りになろうとして、お立ちになったという石を、誰が見たのだろうか。
〔870〕百日もかからない松浦への道だ。今日行って明日は帰って来られるのに、何が妨げているのか。
意訳
旅人が松浦に遊んだことを知った憶良は、自分も行きたいのに行けないもどかしさを、国司として部内を巡行すべき立場であるのに、と前置きして訴えた。佐用姫の領巾振りの山も、神功皇后の釣りの石も、話に聞くばかりで見られないのか。今日行って明日帰れる近さなのに、何が妨げているのかと嘆いている。
語釈・文法注
文法・本文
- 魚釣らす
- 「な」は魚。「らす」は尊敬。
- 何か障れる
- 「さやる」は妨げる。何が妨げているのか。
和歌
- 作者
- 山上憶良(660?–733?)
遣唐使に加わって唐に渡り、のちに筑前守となった。大宰府で大伴旅人と交わり、人生や社会、家族への愛を詠んだ独自の歌を残した。 - 出典
- 『万葉集』巻第五・雑歌・868〜870番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 天平2年(730)7月11日、筑前守山上憶良が大伴旅人に贈った歌三首。
解説
佐用姫(松浦佐用比売)は、宣化天皇の時代に任那に遣わされた大伴狭手彦の妻。夫の船を見送り、山の上で領巾を振ったと伝えられる。 憶良は、旅人の松浦の歌に刺激されて、伝説の地を訪ねられない無念を歌った。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、203頁(コマ105)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、221頁(コマ116)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日