万葉集 巻第五 864〜867番
後れ居て 長戀せずは
都に残って長く恋い慕っているくらいなら、大宰府の庭の梅の花になりたい。旅人から梅花の歌と松浦の歌を贈られた都の吉田宜が、返書に添えた歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(吉田宜の書簡)諸人の梅花の歌に和し奉る一首/松浦仙媛の歌に和する一首/君を思ふこと未だ盡きず、重ねて題せる二首
- 1後後おくれれれ居居いててて於久禮爲天864
- 2長長なが戀戀こいせせせずずずははは那我古飛世殊波
- 3御御み園園その生生ふののの彌曾能不乃
- 4梅梅うめののの花花はなにににももも于梅能波奈爾母
- 5ならならならましましましものものものををを奈良麻之母能乎
- 6君君きみををを待待まつつつ伎彌乎麻都865
- 7松浦松浦まつらののの浦浦うらののの麻都良乃于良能
- 8少少お女女とめ等等らははは越等賣良波
- 9常常とこ世世よののの國國くにののの等己與能久爾能
- 10天天あま少少お女女とめかもかもかも阿麻越等賣可忘
- 11遙遙遙遙はろばろににに波漏波漏爾866
- 12思思おもははわゆるゆるゆるかもかもかも於忘方由流可母
- 13白白しら雲雲くもののの志良久毛能
- 14千千ち重重へににに隔隔へなてててるるる智弊仁邊多天留
- 15筑紫筑紫つくしののの國國くにははは都久紫能君仁波
- 16君君きみががが行行ゆき枳美可由伎867
- 17けけけながくながくながくなりなりなりぬぬぬ氣那我久奈理努
- 18奈良奈良なら路路じなるなるなる奈良遲那留
- 19山山しま齋齋しまののの木木こ立立だちももも志滿乃己太知母
- 20神神かむさびさびさびにににけりけりけり可牟佐飛仁家理
現代語訳
〔864〕都に残って長く恋い慕っているくらいなら、そちらのお庭の梅の花にでもなりたいものです。
〔865〕君を待つという松浦の浦の娘たちは、常世の国の天少女なのでしょうか。
〔866〕はるかに遠く思われることです。白雲が幾重にも隔てている筑紫の国は。
〔867〕あなたが旅立たれてから、ずいぶん日がたちました。奈良の道にあるあなたのお庭の木立も、古びて神々しくなってしまいました。
意訳
吉田宜は、大宰府の旅人から梅花の歌三十二首と松浦河の歌を贈られ、返書に四首を添えた。864番は、梅花の宴に加われなかった自分は、いっそ梅の花になりたいと和し、865番は松浦の娘たちを天少女かとたたえる。866・867番は、遠い筑紫の旅人をしのび、留守の間に旅人の奈良の邸の庭木も古びてしまったと、早い帰京を願う気持ちを伝えている。
語釈・文法注
文法・本文
- 長戀
- いつまでも恋い慕うこと。
- けながく
- 「け」は日数。日数が長く。
- 山齋
- 「しま」は池や築山のある庭。
和歌
- 作者
- 吉田宜(生没年未詳)
百済系の渡来人の子孫で、医術にすぐれた官人。もと僧で恵俊といった。大伴旅人と親しかった。 - 出典
- 『万葉集』巻第五・雑歌・864〜867番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 天平2年(730)7月10日、都の吉田宜が大伴旅人の書簡に答えて贈った歌四首。
解説
旅人を中心とする筑紫の文学活動が、都の知識人にも共有されていたことを示す。原文の万葉仮名は一字一音で書かれている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、202頁(コマ105)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、220頁(コマ116)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日