万葉集 巻第五 853〜863番
漁する 海人の兒等と
肥前の松浦河のほとりで、鮎を釣る美しい娘たちに出会った。仙女かと問うと、漁師の娘だと答える。旅人と娘たちとが歌を交わし合う、神仙譚の趣向による歌物語十一首。
題詞松浦河に遊ぶ序(贈答の歌)/蓬客等、更に贈れる歌三首/娘子等、更に報ふる歌三首/後人の追和の詞三首(帥老)
- 1漁漁あさりするするする阿佐里須流853 贈歌
- 2海海あ人人まののの兒兒こ等等どもととと阿末能古等母等
- 3人人ひとはははいへいへいえどどど比得波伊倍騰
- 4見見みるるるににに知知しらえらえらえぬぬぬ美流爾之良延奴
- 5良良うま人人ひとののの子子こととと有麻必等能古等
- 6玉島玉島たましまののの多麻之末能854 答詩
- 7このこのこの川川かわ上上かみににに許能可波加美爾
- 8家家いえはははあれあれあれどどど伊返波阿禮騰
- 9君君きみををを耻耻やさしみしみしみ吉美乎夜佐之美
- 10顯顯あらわさささずずずありありありききき阿良波佐受阿利吉
- 11松浦松浦まつら河河がわ麻都良河波855 蓬客
- 12河河かはののの瀨瀨せ光光ひかりりり可波能世比可利
- 13年年あ魚魚ゆ釣釣つるるるととと阿由都流等
- 14立立たたたたせるせるせる妹妹いもががが多多勢流伊毛河
- 15裳裳もののの裾裾すそぬれぬれぬれぬぬぬ毛能須蘇奴例奴
- 16松浦松浦まつらなるなるなる麻都良奈流856 蓬客
- 17玉島玉島たましま河河がわににに多麻之麻河波爾
- 18年年あ魚魚ゆ釣釣つるるるととと阿由都流等
- 19立立たたたたせるせるせる子子こ等等らががが多多世流古良何
- 20家家いえ路路じ知知しらららずずずももも伊弊遲斯良受毛
- 21遠遠とおつつつ人人ひと等富都比等857 蓬客
- 22松浦松浦まつらののの河河かはににに末都良能加波爾
- 23若若わか年年あ魚魚ゆ釣釣つるるる和可由都流
- 24妹妹いもががが袂袂たもとををを伊毛我多毛等乎
- 25我我われこそこそこそ纏纏まかかかめめめ和禮許曾末加米
- 26若若わか年年あ魚魚ゆ釣釣つるるる和可由都流858 娘子
- 27松浦松浦まつらののの河河かはののの麻都良能可波能
- 28河河かわ浪浪なみののの可波奈美能
- 29竝竝なみにににししし思思もはははばばば奈美邇之母波婆
- 30我我われ戀戀こひひいめめめやもやもやも和禮故飛米夜母
- 31春春はるささされれればばば波流佐禮婆859 娘子
- 32我我わぎ家家へののの里里さとののの和伎覇能佐刀能
- 33河河かは門門とにににははは加波度爾波
- 34年年あ魚魚ゆ兒兒こさささ走走ばしるるる阿由故佐婆斯留
- 35君君きみ待待まちちち難難がてににに吉美麻知我弖爾
- 36松浦松浦まつら河河がわ麻都良我波860 娘子
- 37七七なな瀨瀨せののの淀淀よどははは奈奈勢能與騰波
- 38澱澱よどむむむともともとも與等武等毛
- 39われわれわれはははよどまよどまよどまずずず和禮波與騰麻受
- 40君君きみをををししし待待またたたむむん吉美遠志麻多武
- 41松浦松浦まつら河河がわ麻都良河波861 後人の追和
- 42河河かはののの瀨瀨せ早早はやみみみ河波能世波夜美
- 43紅紅くれないののの久禮奈爲能
- 44裳裳ものののすそすそすそ沾沾ぬれれれててて母能須蘇奴例弖
- 45年年あ魚魚ゆかかか釣釣つるるるらむらむらん阿由可都流良武
- 46人人ひと皆皆みなののの比等未奈能862 後人の追和
- 47見見みらむらむらむ松浦松浦まつらののの美良武麻都良能
- 48玉島玉島たましまををを多麻志末乎
- 49見見みずずずてててややや我我われははは美受弖夜和禮波
- 50戀戀こひひいつつつつつつ居居おらららむむん故飛都々遠良武
- 51松浦松浦まつら河河がわ麻都良河波863 後人の追和
- 52玉島玉島たましまののの浦浦うらににに多麻斯麻能有良爾
- 53若若わか年年あ魚魚ゆ釣釣つるるる和可由都流
- 54妹妹いも等等らををを見見みらむらむらむ伊毛良遠美良牟
- 55人人ひとののの羨羨ともしさしさしさ比等能等母斯佐
現代語訳
〔853〕漁をする海人の子たちだと、人は言うけれど、見るとすぐにわかる、身分の高い人の子だと。
〔854〕玉島のこの川の上流に家はあるけれど、あなたに気がひけて、明かさずにいたのです。
〔855〕松浦川の川瀬が光り、鮎を釣ろうと立っていらっしゃる娘の、裳の裾がぬれてしまった。
〔856〕松浦の玉島川で鮎を釣ろうと立っていらっしゃる娘たちの、家への道がわからないことだ。
〔857〕(遠つ人)松浦の川で若鮎を釣る娘の袂を、私こそ枕にしたい。
〔858〕若鮎を釣る松浦の川の川浪のように、並の思いであったなら、私がこれほど恋しく思うだろうか。
〔859〕春になると、私の家の里の川の渡り場には、鮎の子が走りまわる。あなたを待ちかねて。
〔860〕松浦川の七つの瀬の淀みはよどんでも、私はよどまず、あなたをお待ちしよう。
〔861〕松浦川の川瀬が早いので、紅の裳の裾をぬらして、鮎を釣っているだろうか。
〔862〕人々が皆見ているであろう松浦の玉島を見ないで、私は恋しく思い続けるのだろうか。
〔863〕松浦川の玉島の浦で若鮎を釣る娘たちを見ているだろう人のうらやましいことよ。
意訳
序によれば、作者は松浦の県(今の佐賀県唐津市)に遊び、玉島川で鮎を釣る美しい娘たちに出会った。仙女かと問うと、娘たちは漁師の娘で、ただ水や山を愛して暮らしているのだと答え、生涯の契りを結ぼうと約束する。歌はその出会いと語らいを、男女の問答の形で描いている。後の人の追和三首は、自分も玉島で鮎を釣る娘たちを見たいとうらやむ歌である。中国の神仙小説「遊仙窟」などの影響を受けた、虚構の歌物語とされる。
語釈・文法注
文法・本文
- 良人
- 「うまひと」は身分の高い人、貴人。
- 耻しみ
- 「やさし」は気がひける、恥ずかしい。
- 遠つ人
- 遠くにいる人を待つ意で「松」にかかる枕詞。
- 年魚兒
- 「あゆこ」は鮎の子。
和歌
- 作者
- 大伴旅人(665–731)
大伴安麻呂の子で、家持の父。大宰帥として筑紫に赴任し、山上憶良らと筑紫歌壇を形づくった。 - 出典
- 『万葉集』巻第五・雑歌・853〜863番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 肥前国松浦郡の玉島川に遊んだという設定の歌物語。漢文の序と、贈答の歌十一首からなる。神功皇后が玉島川で鮎を釣って新羅征討の吉凶を占ったという伝説の地でもある。
修辞
- 序詞
- 858番の「若年魚釣る松浦の河の河浪の」が「竝」を導く。
- 枕詞
- 「遠つ人」が「松浦」にかかる。
解説
大宰府の旅人が、中国の神仙譚に学んで作り上げた創作的な歌群とみられる。作者を明記していないが、861〜863番の「帥老」の注記などから旅人の作とされている。山上憶良らも、この歌群に和した歌(868〜870番)を残している。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、201頁(コマ104)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、218頁(コマ115)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日