万葉集 巻第五 813〜814番
懸けまくは あやに畏し
神功皇后が新羅に向かうとき、御心を鎮めるために袖に挿んだという二つの石が、筑前の子負の原に置かれている。神々しいその奇魂は、今も現に尊い。鎮懐石の伝説を詠んだ山上憶良の長歌。
場面イラスト(準備中)
題詞(筑前國怡土郡深江村子負原の鎭懷石を詠める歌)
- 1懸懸かけけけまくまくまくはははあやあやあやににに畏畏かしこししし可既麻久波 阿夜爾可斯故斯813 長歌
- 2帶帶たら比比し賣賣ひめ神神かみののの命命みこと多良志比咩 可尾能彌許等
- 3韓韓から國國くにををを向向むけけけ平平たいらららげげげててて可良久爾遠 武氣多比良宜弖
- 4御御み心心こころををを鎭鎭しずめめめ給給たまふふうととと彌許々呂遠 斯豆迷多麻布等
- 5いいい取取とらしらしらしててて齋齋いわひひい給給たまひひいししし伊刀良斯弖 伊波比多麻比斯
- 6眞眞ま珠珠たまなすなすなす二二ふたつつつののの石石いしををを麻多麻奈須 布多都能伊斯乎
- 7世世よののの人人ひとににに示示しめししし給給たまひひいててて世人爾 斯咩斯多麻比弖
- 8萬萬よろず代代よににに言言いひひい繼繼つぐぐぐがががねねねととと余呂豆余爾 伊比都具可禰等
- 9海海わたののの底底そこ奧奧おきつつつ深江深江ふかえののの和多能曾許 意枳都布可延乃
- 10海海うな上上かみののの子負子負こぶののの原原はらににに宇奈可美乃 故布乃波良爾
- 11みみみ手手てづからづからずから置置おかしかしかし給給たまひひいててて美弖豆可良 意可志多麻比弖
- 12神神かむ隨隨ながら神神かむさびさびさび坐坐いますすす可武奈何良 可武佐備伊麻須
- 13奇奇くし魂魂みたま今今いまののの現現をつつににに尊尊とうときききろろろかもかもかも久志美多麻 伊麻能遠都豆爾 多布刀伎呂可儛
- 14天天あめ地地つちののの阿米都知能814 反歌
- 15共共ともににに久久ひさしくしくしく等母爾比佐斯久
- 16言言いひひい繼繼つげげげととと伊比都夏等
- 17此此こののの奇奇くし魂魂みたま許能久斯美多麻
- 18しかしかしかしししけらしけらしけらしももも志可志家良斯母
現代語訳
〔813〕口にかけて申すのも恐れ多いことだが、帯比売の神の命(神功皇后)が、韓国を平定して、御心を鎮めなさろうと、手にお取りになって大切に祀られた、玉のような二つの石を、世の人にお示しになって、いつまでも語り継ぐようにと、海の底の沖つ深江の、海辺の子負の原に、御手ずからお置きになって、神そのままに神々しくいらっしゃる奇魂は、今も現に尊いことよ。
〔814〕天地とともに久しく言い継げと、この奇魂をお置きになったのであるらしい。
意訳
筑前国怡土郡深江村(今の福岡県糸島市二丈深江)の子負の原の丘の上に、鶏の卵のような形の大小二つの石があった。神功皇后が新羅に向かうとき、出産を遅らせるためにこの石を袖に挿んで心を鎮めたと伝えられ、道行く人は馬を下りて拝んだという。憶良は、この伝説の石を、神功皇后が後の世の人に示すために置いた神々しい石としてたたえている。
語釈・文法注
文法・本文
- 帶比賣
- 「たらしひめ」は息長足日女命、神功皇后。
- 奇魂
- 「くしみたま」は霊妙な力をもつ魂。
- 言ひ繼ぐがね
- 「がね」は目的。言い継ぐように。
和歌
- 作者
- 山上憶良(660?–733?)
遣唐使に加わって唐に渡り、のちに筑前守となった。大宰府で大伴旅人と交わり、人生や社会、家族への愛を詠んだ独自の歌を残した。 - 出典
- 『万葉集』巻第五・雑歌・813〜814番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 筑前国怡土郡深江村子負原にある鎮懐石を詠んだ長歌と反歌。漢文の序がある。
修辞
- 枕詞
- 「海の底」が「奧」にかかる。
解説
鎮懐石の伝説は、古事記・日本書紀・筑前国風土記の逸文にも見える。今も福岡県糸島市の鎮懐石八幡宮に伝えられている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、196頁(コマ102)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、210頁(コマ111)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日