万葉集 巻第五 810〜812番
如何にあらむ 日の時にかも
梧桐の琴が娘子となって夢に現れ、いつの日か私の音を知る人の膝を枕にしたいと言う。大伴旅人がこの琴を藤原房前に贈り、房前が「言わぬ木でも、あなたの愛用の琴は地に置きはしない」と答えた、琴をめぐる風雅な贈答。
場面イラスト(準備中)
題詞大伴淡等謹状 梧桐日本琴一面(對馬結石山の孫枝なり)/僕、詩詠に報へて曰く/(藤原房前の答ふる歌)
- 1如何如何いかにににあらあらあらむむん伊可爾安良武810 琴の娘子
- 2日日ひののの時時ときにににかもかもかも日能等伎爾可母
- 3聲聲こえ知知しらららむむん許惠之良武
- 4人人ひとののの膝膝ひざののの上上へ比等能比射乃倍
- 5吾吾わががが枕枕まくらかかかむむん和我摩久良可武
- 6言言こと問問とはははぬぬぬ許等々波奴811 旅人
- 7樹樹きにににはははありありありともともとも樹爾波安里等母
- 8麗麗うるわしきしきしき宇流波之吉
- 9君君きみががが手手た慣慣なれののの伎美我手奈禮能
- 10琴琴ことにににしししあるあるあるべしべしべし許等爾之安流倍志
- 11言言こと問問とはははぬぬぬ許等騰波奴812 藤原房前
- 12木木きにににもももありありありともともとも紀爾茂安理等毛
- 13吾吾わが兄兄せ子子こががが和何世古我
- 14手手た慣慣なれののの御御み琴琴こと多那禮乃美巨騰
- 15地地つちににに置置おかかかめめめやもやもやも都地爾意加米移母
現代語訳
〔810〕どのような日、どのような時になったら、私の音を知ってくださる人の膝の上を、私は枕にすることができるでしょうか。
〔811〕物を言わない木ではあっても、すばらしいお方が手慣らしてくださる琴になることでしょう。
〔812〕物を言わない木ではあっても、あなたの手慣らした御琴を、どうして地に置いたりしましょうか。
意訳
天平元年(729)、大伴旅人は対馬の結石山の梧桐で作った日本琴を、都の藤原房前に贈った。添えた手紙には、この琴が夢の中で娘子となって現れ、自分の音を知る人の膝を枕にしたいと歌ったので(810番)、旅人が、あなたは立派な方の愛用の琴になるだろうと答えた(811番)と記されている。房前は、物を言わない木であっても、あなたが手慣らした琴を粗末にするはずがありませんと答えた(812番)。
語釈・文法注
文法・本文
- 聲知らむ人
- 音を聞き分ける人。中国の伯牙と鍾子期の「知音」の故事をふまえる。
- 淡等
- 旅人の名を漢字で表したもの。
和歌
- 作者
- 大伴旅人(665–731)
大伴安麻呂の子で、家持の父。大宰帥として筑紫に赴任し、山上憶良らと筑紫歌壇を形づくった。 - 出典
- 『万葉集』巻第五・雑歌・810〜812番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 天平元年(729)10月、大伴旅人が梧桐の日本琴を中衛大将藤原房前に贈ったときの歌と、房前の答えの歌。
修辞
- 擬人法
- 琴を娘子にたとえて語らせる。
解説
中国の神仙譚や知音の故事を取り入れた、漢文学的な趣向の贈答である。旅人が権力者の房前に琴を贈った背景には、政治的な意図もあったとする見方がある。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、194頁(コマ101)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、209頁(コマ110)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日