古典ライブラリー

万葉集 巻第四 559〜562番

事も無く 生ひ來しものを

大伴百代(おおとものももよ)

無事に生きてきたのに、老いの身でこんな恋にめぐりあうとは。恋い死にしたら何になろう、生きているうちにこそ妻に逢いたい。大宰大監の大伴百代が、老いらくの恋を歌った四首。

白髪まじりの官人が、夜の官舎の縁で、物思いにふけって月を見上げている

題詞太宰大監大伴宿禰百代の戀の歌四首

  1. 1事こと事ことことももも無な無ななくくく事毛無559
  2. 2生お生おおひひい來こ來ここしししものものものををを生來之物乎
  3. 3老おい老おいおい次なみ次なみなみににに老奈美爾
  4. 4かかるかかるかかる戀こひ戀こひこいにににももも如此戀于毛
  5. 5吾われ吾われわれははは遇あ遇ああへへえるるるかもかもかも吾者遇流香聞
  6. 6戀こ戀ここひひい死し死ししなななむむん孤悲死牟560
  7. 7後のち後のちのちははは何なに何なになにせせせむむん後者何爲牟
  8. 8生い生いいけけけるるる日ひ日ひひののの生日之
  9. 9爲ため爲ためためこそこそこそ妹いも妹いもいもををを爲社妹乎
  10. 10見み見みみまくまくまく欲ほ欲ほほりりりすれすれすれ欲見爲禮
  11. 11念おも念おもおもははわぬぬぬををを不念乎561
  12. 12思おも思おもおもふふうととといはいはいわばばば思常云者
  13. 13大野おほぬ大野おほぬおおぬなるなるなる大野有
  14. 14三み三みみ笠かさ笠かさかさののの社もり社もりもりののの三笠社之
  15. 15神かみ神かみかみししし知し知ししらさらさらさむむん神思知三
  16. 16暇いとま暇いとまいとま無な無ななくくく無暇562
  17. 17人ひと人ひとひとののの眉まよ眉まよまよ根ね根ねねををを人之眉根乎
  18. 18いたづらいたづらいたずらににに徒
  19. 19搔か搔かかかしめかしめかしめつつつつつつももも令搔乍
  20. 20逢あ逢ああははわぬぬぬ妹いも妹いもいもかもかもかも不相妹可聞

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔559〕何事もなく生きてきたのに、老いの身になって、こんな恋に私はめぐりあったことよ。

〔560〕恋い死にしてしまった後では何になろう。生きている日のためにこそ、あなたに逢いたいと思うのだ。

〔561〕思ってもいないのに思っていると言ったなら、大野にある三笠の社の神がお見通しになるだろう。

〔562〕絶え間なく私の眉をむやみにかゆがらせておいて、逢ってくれないあなたであることよ。

意訳

平穏に年を重ねてきた大伴百代は、老いの身で思いがけない恋に落ちた。恋い死にしてからでは意味がない、生きているうちに逢いたいと訴え、自分の思いは偽りではない、神も知っていると誓う。562番では、眉がかゆいのは恋人に逢える前ぶれだという俗信をふまえて、眉ばかりかゆくさせて逢ってくれないと恨んでいる。

語釈・文法注

文法・本文

老次
「おいなみ」は老いの身、年老いた順番。
眉根を搔かしめ
眉がかゆいのは恋人に逢える前兆とされた。

和歌

作者
大伴百代(生没年未詳)
大宰大監として大伴旅人のもとに仕え、梅花の宴にも加わった。
出典
『万葉集』巻第四・相聞・559〜562番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
状況
大宰大監の大伴百代の恋の歌四首。

解説

大宰府の官人たちの宴で詠まれた戯れの恋の歌ともみられる。老いの恋という主題を、軽妙に歌っている。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、157頁(コマ82)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、165頁(コマ88)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日