万葉集 巻第三 470〜474番
斯くのみし
こうなる運命だったのに、妻も私も千年も生きるように頼みにしていた。佐保山にたなびく霞を見るたびに、妻を思い出して泣かない日はない。悲しみの消えない家持がさらに詠んだ歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞悲緒未だ息まず、更に作れる歌五首
- 1斯斯かくくくのみのみのみししし如是耳470
- 2ありありありけるけるけるものものものををを有家留物乎
- 3妹妹いもももも吾吾われももも妹毛吾毛
- 4千千ち歲歲とせののの如如ごとくくく如千歲
- 5憑憑たのみみみたりたりたりけるけるける憑有來
- 6家家いえ離離さかりりり離家471
- 7坐坐いますすす吾吾わぎ妹妹もををを伊麻須吾妹乎
- 8停停とどめめめかねかねかね停不得
- 9山山やま隱隱がくりりりつれつれつれ山隱都禮
- 10情情こころ神神どもももなしなしなし情神毛奈思
- 11世間世間よのなかししし世間之472
- 12常常つね斯斯かくくくのみのみのみととと常如此耳跡
- 13かつかつかつ知知しれれれどどど可都知跡
- 14痛痛いたききき情情こころははは痛情者
- 15忍忍しのびびびかねかねかねつつつももも不忍都毛
- 16佐保佐保さほ山山やまににに佐保山爾473
- 17棚棚たな引引びくくく霞霞かすみ多奈引霞
- 18見見みるるるごとごとごとににに每見
- 19妹妹いもををを思思おもひひい出出いででで妹乎思出
- 20泣泣なかかかぬぬぬ日日ひははは無無なししし不泣日者無
- 21昔昔むかしこそこそこそ昔許曾474
- 22外外よそにににももも見見みしかしかしか外爾毛見之加
- 23吾吾わぎ妹妹も子子こががが吾妹子之
- 24奧奧おく津津つ城城きととと思思おもへへえばばば奧槨常念者
- 25愛愛はしきしきしき佐保佐保さほ山山やま波之吉佐寶山
現代語訳
〔470〕こうなるだけのものだったのに、妻も私も、千年も続くかのように頼みにしていたことだ。
〔471〕家を離れて去っていく妻を引き留めかねて、山に隠れてしまったので、気力もなくなってしまった。
〔472〕世の中はいつもこういうものだと知ってはいるけれど、痛む心はこらえきれないことだ。
〔473〕佐保山にたなびく霞を見るたびに、妻を思い出して、泣かない日はない。
〔474〕昔こそよそのものとして見ていたが、妻の墓所だと思うと、いとしい佐保山よ。
意訳
悲しみがおさまらない家持は、さらに五首を詠んだ。いつまでも一緒にいられると思っていたのに、妻は山へ去ってしまった。世の中が無常であることは知っていても、心の痛みはこらえきれない。妻が葬られた佐保山にたなびく霞を見るたびに涙がこぼれ、かつては何とも思わなかった佐保山が、今は妻の眠る山としていとおしく思われる。
語釈・文法注
文法・本文
- かつ知れど
- 一方では知っているけれど。
- 奧槨
- 「おくつき」は墓。
和歌
- 作者
- 大伴家持(718?–785)
大伴旅人の子。越中守などを務め、のちに中納言に至った。万葉集に最も多くの歌を残し、その編纂に深くかかわったとされる。 - 出典
- 『万葉集』巻第三・挽歌・470〜474番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
- 状況
- 亡き妾への悲しみがおさまらず、大伴家持がさらに詠んだ歌五首。
解説
473番は、火葬の煙を雲や霞と見る発想(428番など)をふまえ、佐保山にたなびく霞に亡き妻を見ている。家持の亡妾悲傷歌は、この五首で終わる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、126頁(コマ67)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、130頁(コマ71)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日