古典ライブラリー

万葉集 巻第三 423〜425番

つぬさはふ 磐余の道を

山前王(やまくまのおおきみ)

五月にはほととぎすの声のなかで菖蒲や花橘を玉に貫き、九月には時雨のなかで黄葉を髪に挿そうと、いつまでも通い続けようと思っていたあの方を、明日からはよそながら見るのだろうか。石田王の死を悼む山前王の歌。

雨にぬれた黄葉の山道を、喪服の男がひとり歩いている。道端には花橘の枝が落ちている

題詞同じき石田王の卒せし時、山前王の哀傷して作れる歌一首

  1. 1つぬつぬつぬさはふさはふさわう磐余いはれ磐余いはれいわれののの道みち道みちみちををを角障經 石村之道乎423 長歌
  2. 2朝あさ朝あさあさ離さ離ささらららずずず行ゆ行ゆゆきききけむけむけん人ひと人ひとひとののの朝不離 將歸人乃
  3. 3念おも念おもおもひひいつつつつつつ通かよ通かよかよひひいけまくけまくけまくははは念乍 通計萬口波
  4. 4霍公鳥ほととぎす霍公鳥ほととぎすほととぎす鳴な鳴ななくくく五月さつき五月さつきさつきははは霍公鳥 鳴五月者
  5. 5菖蒲あやめぐさ菖蒲あやめぐさあやめぐさ花はな花はなはな橘たちばな橘たちばなたちばなををを菖蒲 花橘乎
  6. 6玉たま玉たまたまににに貫ぬ貫ぬぬききき蘰かづら蘰かづらかずらにににせせせむむんととと玉爾貫 蘰爾將爲登
  7. 7九月ながつき九月ながつきながつきののの時雨しぐれ時雨しぐれしぐれののの時とき時ときときははは九月能 四具禮能時者
  8. 8黄もみ黄もみもみ葉ぢ葉ぢじ葉ば葉ばばををを折を折をおりりり插かざ插かざかざ頭さ頭ささむむんととと黃葉乎 折插頭跡
  9. 9延は延ははふふう葛くず葛くずくずのののいやいやいや遠とほ遠とほとお永なが永ながながくくく延葛乃 彌遠永
  10. 10萬よろづ萬よろづよろず世よ世よよににに絕た絕たたえええじじじととと念おも念おもおもひひいててて萬世爾 不絕等念而
  11. 11通かよ通かよかよひひいけむけむけん君きみ君きみきみをををばばば明日あす明日あすあすゆゆゆ外よそ外よそよそにににかもかもかも見み見みみむむむ將通 君乎婆明日從 外爾可聞見牟
  12. 12隱こもり隱こもりこもり口く口くくののの隱口乃424 或本の反歌
  13. 13泊瀨はつせ泊瀨はつせはつせをををとめとめとめががが泊瀨越女我
  14. 14手て手ててににに纏ま纏ままけけけるるる手二纏在
  15. 15玉たま玉たまたまははは亂みだ亂みだみだれれれててて玉者亂而
  16. 16ありありありととといはいはいわずずずやもやもやも有不言八方
  17. 17河かは河かはかわ風かぜ風かぜかぜののの河風425 或本の反歌
  18. 18寒さむ寒さむさむききき長谷はつせ長谷はつせはつせををを寒長谷乎
  19. 19歎なげ歎なげなげきききつつつつつつ歎乍
  20. 20君きみ君きみきみががが歩ある歩あるあるくくくににに公之阿流久爾
  21. 21似に似ににるるる人ひと人ひとひとももも逢あ逢ああへへえややや似人母逢耶

引用の仕方

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現代語訳

〔423〕(つぬさはふ)磐余の道を、朝ごとに欠かさず通っていたであろう人が、思いをこめて通っていたことには、ほととぎすの鳴く五月には、菖蒲や花橘を玉に貫いて髪飾りにしようと、九月の時雨の降るころには、黄葉を折って髪に挿そうと、(延ふ葛の)いよいよ遠く長く、いつまでも絶えることはないと思って通っていたであろう、そのあなたを、明日からはよそながら見ることになるのだろうか。

〔424〕(隱口の)泊瀬の乙女が手に巻いている玉は、緒が切れて乱れているというではないか。

〔425〕川風の寒い泊瀬を、嘆きながらあなたが歩いていく、その姿に似た人にでも逢いたいものだ。

意訳

石田王は、磐余の道を通って恋人のもとへ通っていた。五月には菖蒲や橘を、九月には黄葉を髪に飾って、いつまでもその道を通い続けようと思っていたであろう王が、もうこの世にいない。明日からは、その姿をよそながら思うことしかできないのかと嘆く。或本の反歌の424番は、泊瀬の乙女の手の玉が乱れたと、王の恋人の悲しみを思いやり、425番は、寒い泊瀬を嘆きながら歩いていた王に似た人にでも逢いたいと歌っている。

語釈・文法注

文法・本文

朝離らず
朝ごとに欠かさず。
外にかも見む
よそながら見ることになるのだろうか。

和歌

作者
山前王(?–723)
天武天皇の孫で、忍壁皇子の子。
出典
『万葉集』巻第三・挽歌・423〜425番
歌体
長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
時期
第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
状況
石田王が亡くなったときに、山前王が悲しんで詠んだ長歌と、或本の反歌二首。左注は、柿本人麻呂の作とも伝え、424・425番は、紀皇女が亡くなった後に山前王が石田王に代わって詠んだものともいう。

修辞

対句
「霍公鳥鳴く五月は」以下と「九月の時雨の時は」以下。
枕詞
「つぬさはふ」「延ふ葛の」「隱口の」。

解説

季節ごとの風流な暮らしを描くことで、それが失われた悲しみを際立たせる構成である。左注に人麻呂の作とする伝えがあるように、人麻呂の挽歌の影響が強い。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、118頁(コマ63)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、121頁(コマ66)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日