古典ライブラリー

万葉集 巻第三 415番

家にあらば

聖徳太子(しょうとくたいし)

家にいたなら妻の手を枕にしているだろうに、旅の途中で倒れ伏しているこの旅人よ、ああ哀れだ。聖徳太子が龍田山で行き倒れの死者を見て詠んだと伝える歌。巻第三の挽歌の最初の歌。

秋の山道のほとりに、旅姿の男が倒れ伏し、通りかかった皇子が馬を止めて悲しげに見下ろしている

題詞挽歌 上宮聖德皇子、竹原井に出遊しし時、龍田山の死人を見て悲傷みて御作歌一首

  1. 1家いへ家いへいえにににあらあらあらばばば家有者
  2. 2妹いも妹いもいもががが手て手てて纏ま纏ままかかかむむん妹之手將纏
  3. 3草くさ草くさくさ枕まくら枕まくらまくら草枕
  4. 4旅たび旅たびたびににに臥こや臥こやこやせせせるるる客爾臥有
  5. 5このこのこの旅たび旅たびたび人びと人びとびとあはれあはれあわれ此旅人何怜

引用の仕方

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現代語訳

家にいたなら、妻の手を枕にしているだろうに。(草枕)旅の途中で倒れ伏している、この旅人よ、ああ哀れだ。

意訳

聖徳太子が竹原井(大阪府柏原市)に出かけた途中、龍田山で行き倒れの死者を見つけた。家にいれば妻の手を枕にして眠っていただろうに、旅先で一人倒れていると、死者を哀れんだ歌である。日本書紀にも、太子が片岡山で飢えた人に出会い、衣を与えて歌を詠んだという話が見える。

語釈・文法注

文法・本文

手纏かむ
手を枕にするだろうに。
臥せる
「こやす」は「臥ゆ」の尊敬語。倒れ伏しておいでになる。

和歌

作者
聖徳太子(574–622)
用明天皇の皇子で、厩戸皇子とも。推古天皇の摂政として、冠位十二階や十七条憲法を定めたと伝えられる。
出典
『万葉集』巻第三・挽歌・415番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
伝承の時代(舒明天皇より前)
状況
聖徳太子が、竹原井に出かけたとき、龍田山で死人を見て悲しんで詠んだと伝える歌。

修辞

枕詞
「草枕」が「旅」にかかる。

解説

行路死人歌の最も古いものとされるが、実際に太子の作かどうかは疑わしく、太子の徳をたたえる伝承の中で作られた歌とみる説が多い。人麻呂の狭岑島の歌(220〜222番)など、のちの行路死人歌の源流となった。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、116頁(コマ62)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、119頁(コマ65)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日