万葉集 巻第三 379〜380番
ひさかたの 天の原ゆ
天から降ってこられた氏の神に、榊に白い紙や木綿をつけ、斎瓮を据え、竹玉を垂らし、膝を折ってひれ伏してお祈りします。これほどお祈りしても、あの方に逢えないのでしょうか。大伴氏の神を祭る坂上郎女の歌。
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題詞大伴坂上郎女、祭神の歌一首并に短歌
- 1ひさかたひさかたひさかたののの天天あまののの原原はらゆゆゆ久堅之 天原從379 長歌
- 2生生あれれれ來來きたるるる神神かみののの命命みこと生來 神之命
- 3奧奧おく山山やまののの榊榊さかきののの枝枝えににに奧山乃 賢木之枝爾
- 4白白しら紙紙がつけつけつけ木綿木綿ゆうとりとりとりつけつけつけててて白香付 木綿取付而
- 5齋齋いわい瓮瓮べををを忌忌いわひひい穿穿ほりりり居居すゑゑえ齋戸乎 忌穿居
- 6竹竹たか玉玉だまををを繁繁しじににに貫貫ぬききき垂垂たりりり竹玉乎 繁爾貫垂
- 7鹿猪鹿猪ししじものじものじもの膝膝ひざ折折おりりり伏伏ふせせせ十六自物 膝折伏
- 8手手た弱弱わや女女めののの押押おす日日ひ取取とりりり懸懸かけけけ手弱女之 押日取懸
- 9かくかくかくだにだにだにももも吾吾われははは祈祈こひひいなむなむなん君君きみににに逢逢あははわじじじかもかもかも如此谷裳 吾者祈奈牟 君爾不相可聞
- 10木綿木綿ゆう疊疊だたみ木綿疊380 反歌
- 11手手てににに取取とりりり持持もちちちててて手取持而
- 12斯斯かくくくだにだにだにももも如此谷母
- 13吾吾われははは祈祈こひひいなむなむなん吾波乞甞
- 14君君きみににに逢逢あははわじじじかもかもかも君爾不相鴨
現代語訳
〔379〕(ひさかたの)天の原から生まれ降りてこられた神さま、奥山の榊の枝に白い紙をつけ、木綿を取りつけて、斎瓮を清めて地を掘って据え、竹玉をたくさん貫いて垂らし、鹿や猪のように膝を折ってひれ伏し、か弱い女の身で襲(おすひ)を肩にかけて、これほどまでに私はお祈りしましょう。それでもあの方に逢えないのでしょうか。
〔380〕木綿だたみを手に取り持って、これほどまでに私はお祈りしましょう。それでもあの方に逢えないのでしょうか。
意訳
天平5年(733)11月、大伴氏の氏神を祭る祭りで、一族の家刀自である坂上郎女が詠んだ歌である。榊や木綿、斎瓮、竹玉など、神を祭る道具や作法をこまかく描き、ひざまずいて祈る姿を歌う。結びの「君に逢はじかも」は、恋しい人に逢いたいという祈りとも、一族の繁栄を願う言葉ともとれ、祭りの歌に恋の歌の形を借りたものと考えられている。
語釈・文法注
文法・本文
- 齋瓮
- 「いはひべ」は神に供える酒を入れる清めた甕。
- 竹玉
- 細い竹を短く切って緒に通したもの。祭りの飾り。
- 押日
- 「おすひ」は祭りのときに肩にかける衣。
和歌
- 作者
- 大伴坂上郎女(生没年未詳)
大伴安麻呂の娘で、旅人の異母妹。家持の叔母で、のちに姑となった。大伴家の家刀自として一族の祭祀を担い、万葉集の女性歌人のうち最も多くの歌を残した。 - 出典
- 『万葉集』巻第三・雑歌・379〜380番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 天平5年(733)11月、大伴坂上郎女が大伴氏の氏神を祭るときに詠んだ長歌と反歌。
修辞
- 対句
- 「齋瓮を忌ひ穿り居ゑ」と「竹玉を繁に貫き垂り」。
解説
古代の神祭りの作法を具体的に伝える貴重な歌である。氏族の祭祀を女性が担っていたことを示す例としても注目される。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、111頁(コマ59)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、112頁(コマ62)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日