古典ライブラリー

万葉集 巻第三 357〜363番

繩の浦ゆ

山部赤人(やまべのあかひと)

縄の浦から見える沖の島、武庫の浦を漕ぎめぐる小舟、阿倍の島の鵜の住む岩に寄せる波。瀬戸内の海辺の景色の中で、大和や家の妻をしのぶ赤人の六首と、或本の歌一首。

夕暮れの海に小島が浮かび、その間を小舟が漕ぎめぐっている。岩の上には鵜がとまり、波が寄せている

題詞山部宿禰赤人の歌六首

  1. 1繩なは繩なはなわののの浦うら浦うらうらゆゆゆ繩浦從357
  2. 2背そ背そそ向がひ向がひがいににに見み見みみゆるゆるゆる背向爾所見
  3. 3奧おき奧おきおきつつつ島しま島しましま奧島
  4. 4榜こ榜ここぎぎぎ回た回たたむむむ舟ふね舟ふねふねははは榜回舟者
  5. 5釣つり釣つりつり爲せ爲せせすすすらしらしらしももも釣爲良下
  6. 6武庫むこ武庫むこむこののの浦うら浦うらうらををを武庫浦乎358
  7. 7榜こ榜ここぎぎぎ回た回たたむむむ小を小をお舟ぶね舟ぶねぶね榜轉小舟
  8. 8粟島あはしま粟島あはしまあわしまををを粟島矣
  9. 9背そ背そそ向がひ向がひがいににに見み見みみつつつつつつ背爾見乍
  10. 10ともしきともしきともしき小を小をお舟ぶね舟ぶねぶね乏小舟
  11. 11阿倍あべ阿倍あべあべののの島しま島しましま阿倍乃島359
  12. 12鵜う鵜ううののの住す住すすむむむ磯いそ磯いそいそににに宇乃住石爾
  13. 13寄よ寄よよするするする浪なみ浪なみなみ依浪
  14. 14間ま間ままなくなくなくこのこのこのごろごろごろ間無比來
  15. 15大和やまと大和やまとやまとししし念おも念おもおもほほおゆゆゆ日本師所念
  16. 16潮しほ潮しほしお干ひ干ひひなななばばば鹽干去者360
  17. 17玉たま玉たまたま藻も藻もも苅か苅かかりりり藏をさ藏をさおさめめめ玉藻苅藏
  18. 18家いへ家いへいえののの妹いも妹いもいもががが家妹之
  19. 19濱はま濱はまはまづとづとずと乞こ乞ここははわばばば濱裹乞者
  20. 20何なに何なになにををを示しめ示しめしめさささむむん何矣示
  21. 21秋あき秋あきあき風かぜ風かぜかぜののの秋風乃361
  22. 22寒さむ寒さむさむききき朝あさ朝あさあさけけけををを寒朝開乎
  23. 23佐農さぬ佐農さぬさぬののの岡をか岡をかおか佐農能崗
  24. 24越こ越ここゆゆゆらむらむらん君きみ君きみきみににに將超公爾
  25. 25衣きぬ衣きぬきぬ借か借かかさささましましましををを衣借益矣
  26. 26鵙鳩みさご鵙鳩みさごみさごゐるゐるいる美沙居362
  27. 27磯いそ磯いそいそ回み回みみににに生お生おおふるふるうる石轉爾生
  28. 28名な名なな乘のり乘のりのり藻そ藻そそののの名乘藻乃
  29. 29名な名ななははは告の告ののらしらしらしてててよよよ名者告志弖余
  30. 30親おや親おやおやははは知し知ししるるるともともとも親者知友
  31. 31鵙鳩みさご鵙鳩みさごみさごゐるゐるいる美沙居363 或本の歌
  32. 32荒あり荒ありあり磯そ磯そそににに生お生おおふるふるうる荒礒爾生
  33. 33名な名なな乘のり乘のりのり藻そ藻そそののの名乘藻乃
  34. 34名な名ななのののりりりははは告の告ののらららせせせ告名者告世
  35. 35親おや親おやおやははは知し知ししるるるともともとも父母者知友

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔357〕縄の浦から、背後の方に見える沖の島を漕ぎめぐっている舟は、釣りをしているらしい。

〔358〕武庫の浦を漕ぎめぐる小舟よ。粟島を背後に見ながら漕いでいく、うらやましい小舟よ。

〔359〕阿倍の島の、鵜の住む磯に寄せる波のように、絶え間なくこのごろは大和が思われる。

〔360〕潮が引いたら玉藻を刈って納めておこう。家の妻が浜の土産をねだったら、何を見せようか。

〔361〕秋風の寒い明け方に、佐農の岡を越えていくであろうあなたに、着物を貸してあげればよかったのに。

〔362〕みさごのいる磯のあたりに生えるなのりそのように、名を告げておくれ。親が知ったとしても。

〔363〕みさごのいる荒磯に生えるなのりそのように、名は告げておくれ。親が知ったとしても。

意訳

赤人が瀬戸内の海辺を旅して詠んだ六首である。357・358番は沖の島を漕ぎめぐる小舟の姿を描き、358番では大和の方へ漕いでいく舟をうらやむ。359番では磯に絶えず寄せる波に、絶え間なく大和を恋しく思う心を重ね、360番では家の妻への土産に玉藻を刈ろうと歌う。361番は、寒い朝に旅立つ人を思いやる女の立場の歌、362番は、名を告げてはいけないという「なのりそ」にかけて、それでも名を告げてくれと娘に求める歌である。

語釈・文法注

文法・本文

背向に
「そがひ」は背後、後ろの方向。
ともしき小舟
「ともし」はうらやましい。
名乘藻
ホンダワラ。「な告りそ(名を告げるな)」に通じる名の海藻。

和歌

作者
山部赤人(生没年未詳)
聖武天皇の時代の宮廷歌人。自然の景色を清らかに描く叙景歌にすぐれ、のちに人麻呂とともに歌聖とたたえられた。
出典
『万葉集』巻第三・雑歌・357〜363番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
状況
山部赤人が、播磨・摂津の海辺を旅したときの歌六首と、362番の別伝(363番)。

修辞

序詞
359番の「阿倍の島鵜の住む磯に寄する浪」が「間なく」を、362番の「鵙鳩ゐる磯回に生ふる名乘藻の」が「名」を導く。

解説

海辺の小さな景物を一つずつ取りあげて、そこに旅の思いを重ねる赤人らしい連作である。362番の「なのりそ」は、名を告げることが求婚の承諾を意味した時代の恋の歌に、よく詠みこまれた。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、108頁(コマ58)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、109頁(コマ60)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日