古典ライブラリー

万葉集 巻第三 353番

み吉野の 高城の山に

通観(つうかん)

吉野の高城の山に、白雲は行く手をためらうようにたなびいているのが見える。吉野の山の雲を詠んだ僧通観の歌。

吉野の高い山の頂に、白雲が動かずにたなびき、ふもとの僧がそれを見上げている

題詞釋通觀の歌一首

  1. 1みみみ吉野よしぬ吉野よしぬよしぬののの見吉野之
  2. 2高城たかき高城たかきたかきののの山やま山やまやまににに高城乃山爾
  3. 3白しら白しらしら雲くも雲くもくもははは白雲者
  4. 4行ゆ行ゆゆきききはばかりはばかりはばかりててて行憚而
  5. 5たなびけたなびけたなびけりりり見み見みみゆゆゆ棚引所見

引用の仕方

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現代語訳

吉野の高城の山に、白雲は進みかねるように、たなびいているのが見える。

意訳

吉野の高城の山は高く険しいので、白雲もその上を越えかねて、山の頂にたなびいている。山の高さを、雲がためらう姿で表した歌である。

語釈・文法注

文法・本文

行きはばかりて
行く手をためらって。321番の「い行きはばかり」と同じ発想。

和歌

作者
通観(生没年未詳)
奈良時代の僧。327番の作者と同じ人とみられる。
出典
『万葉集』巻第三・雑歌・353番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
状況
僧通観の歌。

修辞

擬人法
雲が山を越えるのを「はばかる」と、雲に人の心を持たせる。

解説

雲が山の高さに行き悩むという表現は、富士の歌(319・321番)にも見え、高い山をたたえる型であった。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、107頁(コマ57)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、108頁(コマ60)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日