古典ライブラリー

万葉集 巻第三 354番

繩の浦に

日置少老(へきのおおゆ)

縄の浦で塩を焼く煙は、夕方になると行き過ぎかねて、山にたなびいている。海辺の夕暮れの静かな景色を詠んだ歌。

夕暮れの浦で塩を焼く煙が、風もなく立ちのぼり、背後の山に横長くたなびいている

題詞日置少老の歌一首

  1. 1繩なは繩なはなわののの浦うら浦うらうらににに繩乃浦爾
  2. 2鹽しほ鹽しほしお燒や燒ややくくくけぶりけぶりけぶり鹽燒火氣
  3. 3夕ゆふ夕ゆふゆうささされれればばば夕去者
  4. 4行ゆ行ゆゆききき過す過すすぎぎぎかねかねかねててて行過不得而
  5. 5山やま山やまやまににに棚たな棚たなたな引び引びびくくく山爾棚引

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

縄の浦で塩を焼く煙は、夕方になると、流れ去りかねて、山にたなびいている。

意訳

夕方になって風がやむと、浜で塩を焼く煙は流れていかず、背後の山にかかって横にたなびく。海辺の夕暮れの静けさを、煙の動きだけで描き出した叙景の歌である。

語釈・文法注

文法・本文

夕されば
「夕さる」は夕方になる。夕方になると。

和歌

作者
日置少老(生没年未詳)
伝未詳。
出典
『万葉集』巻第三・雑歌・354番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
状況
日置少老の歌。縄の浦は播磨国(兵庫県相生市那波)とする説がある。

修辞

擬人法
煙が「行き過ぎかねて」と、煙に人の心を持たせる。

解説

原文の「火氣」を「けぶり」と訓む。前の353番の雲の歌と同じく、たなびくものを詠んだ歌として並べられている。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、107頁(コマ57)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、108頁(コマ60)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日