古典ライブラリー

万葉集 巻第二 149番

人はよし

倭姫王(やまとひめのおおきみ)

ほかの人はたとえ思い忘れてしまっても、私には大君の面影が見え続けて、忘れることができない。天智天皇を亡くした倭姫王の歌。

灯火の揺れる宮殿の一室で、喪服の皇后が、亡き天皇の面影を思い浮かべている
灯火の揺れる宮殿の一室で、喪服の皇后が、亡き天皇の面影を思い浮かべている

題詞天皇崩じ給ひし時、倭太后の御作歌一首

  1. 1人ひと人ひとひとはははよしよしよし人者縱
  2. 2思おも思おもおもひひい止や止ややむむむともともとも念息登母
  3. 3玉たま玉たまたま玉蘰
  4. 4影かげ影かげかげににに見み見みみえええつつつつつつ影爾所見乍
  5. 5忘わす忘わすわすらららえええぬぬぬかもかもかも不所忘鴨

引用の仕方

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現代語訳

ほかの人はたとえ思うことをやめてしまっても、(玉蘰)私には面影が見え続けて、忘れることができない。

意訳

天皇が亡くなり、時がたてば人々は天皇のことを忘れていくだろう。けれども皇后である自分には、その面影がいつまでも見えて、忘れることができない。周囲と自分とを対比させ、夫への変わらない思いを表している。

語釈・文法注

玉蘰(たまかづら)
「影(かげ)」にかかる枕詞。髪飾りの蘰を「かげ」とも言ったことから。

文法・本文

人はよし
「よし」は、たとえ…しても。
忘らえぬかも
「え」は可能・自発の助動詞「ゆ」。忘れられないことよ。

和歌

作者
倭姫王(7世紀後半)
天智天皇の皇后。古人大兄皇子の娘。
出典
『万葉集』巻第二・挽歌・149番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第1期(629〜672年(舒明天皇の即位〜壬申の乱))
状況
天智天皇が亡くなったとき(671年12月)、皇后の倭姫王が詠んだ歌。

修辞

枕詞
「玉蘰」が「影」にかかる。

解説

「人はよし思ひ止むとも」と、他人と自分とを対比させる言い方は、亡き人への思いの深さを強調する表現として、後の挽歌にも受け継がれた。皇后の歌はいずれも簡潔だが、夫を失った悲しみが率直に伝わってくる。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、61頁(コマ34)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、56頁(コマ34)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日