万葉集 巻第二 146番
後見むと
後でまた見ようとあの方が結んだ磐代の小松の梢を、あの方は再び見ただろうか。大宝元年の紀伊行幸のときに、有間皇子の結び松を見て詠まれた歌。

題詞大寶元年辛丑、紀伊國に幸せる時、結松を見る歌一首 柿本朝臣人麿歌集中に出づ
現代語訳
後でまた見ようとあなたが結んだ、磐代の小松の梢を、あなたは再び見ただろうか。
意訳
大宝元年(701)、持統太上天皇と文武天皇の紀伊行幸に従った人が、磐代で有間皇子の結び松を見た。皇子が「後で見よう」と結んだ小松は、今は梢を伸ばしているが、皇子がそれを見ることはなかった。143番と同じ問いを、小松の成長という時の流れの中で問い直している。
語釈・文法注
- 末(うれ)
- 木の枝や梢の先。
文法・本文
- 又見けむかも
- 「けむ」は過去推量、「かも」は疑問・詠嘆。
和歌
- 作者
- 柿本人麻呂歌集(8世紀初め)
柿本人麻呂が自作や各地の歌を記したとされる歌集で、今は伝わらない。 - 出典
- 『万葉集』巻第二・挽歌・146番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 大宝元年(701)、紀伊国への行幸のときに、有間皇子の結び松を見て詠まれた歌。題詞の注に柿本人麻呂歌集に出ているとある。
解説
有間皇子の死から四十年以上たった大宝元年にも、磐代の結び松は旅人の心を引きつけていた。人麻呂歌集にあるこの歌は、143番と同じく「また見ただろうか」と問いかけているが、「子松が末」と小松の成長を詠みこむことで、流れた年月の長さを感じさせる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、60頁(コマ34)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、54頁(コマ33)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日