古典ライブラリー

万葉集 巻第二 135〜137番

つぬさはふ 石見の海の

柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)

深海松のように深く思っていた妻と、共寝した夜もわずかで別れてきた。黄葉の散り乱れる中で妻の袖も見えず、雲間の月のように隠れていく。丈夫と思っていた私も、衣の袖は涙でぐっしょり濡れた。石見相聞歌の第二長歌と反歌。

紅葉が散り乱れる山道で、旅の男が袖で涙をぬぐい、夕日の沈む方角をふり返っている
紅葉が散り乱れる山道で、旅の男が袖で涙をぬぐい、夕日の沈む方角をふり返っている

題詞(柿本朝臣人麿、石見國より妻に別れて上り來る時の歌)第二首

  1. 1つぬつぬつぬ石見いはみ石見いはみいわみののの海うみ海うみうみののの角障經 石見之海乃135 長歌
  2. 2言こと言ことこと韓から韓からからののの埼さき埼さきさきなるなるなる言佐敝久 辛乃埼有
  3. 3にににぞぞぞ深ふか深ふかふか海み海みみ松る松るる生お生おおふるふるうる伊久里爾曾 深海松生流
  4. 4荒あり荒ありあり磯そ磯そそにににぞぞぞ玉たま玉たまたま藻も藻ももははは生お生おおふるふるうる荒磯爾曾 玉藻者生流
  5. 5玉たま玉たまたま藻も藻ももなすなすなす靡なび靡なびなびききき寢ね寢ねねししし兒こ兒ここををを玉藻成 靡寐之兒乎
  6. 6深ふか深ふかふか海み海みみ松る松るるののの深ふか深ふかふかめめめててて思おも思おもおもへへえどどど深海松乃 深目手思騰
  7. 7さささ寢ね寢ねねししし夜よ夜よよははは幾いく幾いくいくだだだもももあらあらあらずずず左宿夜者 幾毛不有
  8. 8延は延ははふふう蔦つた蔦つたつたののの別わか別わかわかれれれししし來く來くくれれればばば延都多乃 別之來者
  9. 9肝きも肝きもきも向むか向むかむか心こころ心こころこころををを痛いた痛いたいたみみみ肝向 心乎痛
  10. 10思おも思おもおもひひいつつつつつつかへりみかへりみかえりみすれすれすれどどど念乍 顧爲騰
  11. 11大おほ大おほおお舟ぶね舟ぶねぶねののの渡わたり渡わたりわたりののの山やま山やまやまののの大舟之 渡乃山之
  12. 12黄もみ黄もみもみ葉ぢ葉ぢじののの散ち散ちちりりりののの亂みだ亂みだみだりりりににに黄葉乃 散之亂爾
  13. 13妹いも妹いもいもががが袖そで袖そでそでさやさやさやにににももも見み見みみえええずずず妹袖 清爾毛不見
  14. 14嬬つま嬬つまつま隱ごも隱ごもごもるるるののの山やま山やまやまののの嬬隱有 屋上乃 山乃
  15. 15雲くも雲くもくも間ま間ままよりよりより渡わた渡わたわたらふらふらう月つき月つきつきののの自雲間 渡相月乃
  16. 16惜を惜をおしけしけしけどもどもども隱かく隱かくかくろろろひひひ來く來くくれれればばば雖惜 隱比來者
  17. 17天あま天あまあまづたふづたふずたう入いり入いりいり日ひ日ひひさしさしさしぬれぬれぬれ天傳 入日刺奴禮
  18. 18丈夫ますらを丈夫ますらをますらおととと思おも思おもおもへへえるるる吾われ吾われわれももも大夫跡 念有吾毛
  19. 19敷しき敷しきしき妙たへ妙たへたえののの衣ころも衣ころもころもののの袖そで袖そでそでははは通とほ通とほとおりりりててて沾ぬ沾ぬぬれれれぬぬぬ敷妙乃 衣袖者 通而沾奴
  20. 20青あを青あをあお駒ごま駒ごまごまののの青駒之136 反歌
  21. 21足あ足ああ掻がき掻がきがきををを速はや速はやはやみみみ足掻乎速
  22. 22雲くも雲くもくも居ゐ居ゐいにににぞぞぞ雲居曾
  23. 23妹いも妹いもいもがががあたりあたりあたりををを妹之當乎
  24. 24過す過すすぎぎぎててて來き來ききにににけるけるける過而來計類
  25. 25秋あき秋あきあき山やま山やまやまににに秋山爾137 反歌
  26. 26落お落おおつるつるつる黄もみ黄もみもみ葉ぢ葉ぢじ落黄葉
  27. 27須臾しまらく須臾しまらくしまらくははは須臾者
  28. 28ななな散ち散ちちりりり亂みだ亂みだみだれれれそそそ勿散亂曾
  29. 29妹いも妹いもいもがががあたりあたりあたり見み見みみむむん妹之當將見

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔135〕(つぬさはふ)石見の海の、(言さへぐ)韓の崎にある海中の岩には深海松が生え、荒磯には玉藻が生えている。その玉藻のように寄り添って寝た妻を、深海松のように深く思っていたのに、共寝した夜はいくらもなく、(延ふ蔦の)別れてきたので、(肝向ふ)心が痛み、思いながらふり返るけれど、(大舟の)渡の山の黄葉が散り乱れるために、妻の袖もはっきりとは見えない。(嬬隱る)屋上の山の雲間を渡っていく月のように、名残惜しいけれど妻の姿が隠れてきたので、(天づたふ)入り日がさしてきて、立派な男子と思っていた私も、(敷妙の)衣の袖は涙が通ってすっかり濡れてしまった。

〔136〕青駒の足どりが速いので、雲のかなたに、妻の家のあたりを過ぎてきてしまったことだ。

〔137〕秋の山に散る黄葉よ、しばらくは散り乱れないでおくれ。妻の家のあたりを見たいから。

意訳

第一長歌と同じく石見の海から歌い起こし、海の岩に生える深海松と玉藻から、深く思い寄り添って寝た妻へとつなぐ。だが共寝した夜はわずかで、別れなければならなかった。ふり返れば散り乱れる黄葉が妻の袖を隠し、雲間を渡る月のように妻の姿は見えなくなる。夕日が沈むころ、丈夫と自負していた自分も、袖が涙でぐっしょり濡れてしまう。第一長歌の激しい叫びに対し、第二長歌は、涙にくれる深い悲しみで結ばれている。

語釈・文法注

つぬさはふ
「石見」にかかる枕詞。
言さへぐ
「韓」にかかる枕詞。言葉が通じず、さえずるように聞こえる意から。
いくり
海中の岩、暗礁。
肝向ふ
「心」にかかる枕詞。
屋上(やかみ)の山
石見国の山。今の島根県江津市の室神山とされる。

文法・本文

な散り亂れそ
「な…そ」で禁止。散り乱れないでおくれ。

和歌

作者
柿本人麻呂(生没年未詳(7世紀後半〜8世紀初め))
持統天皇・文武天皇の時代に宮廷に仕えた歌人。石見国に赴任していたとみられ、そこで妻を得たと考えられている。
出典
『万葉集』巻第二・相聞・135〜137番
歌体
長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
時期
第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
状況
柿本人麻呂が石見国から妻と別れて都へ上るときの二組の長歌と反歌の第二組。

修辞

枕詞
「つぬさはふ」「言さへぐ」「延ふ蔦の」「肝向ふ」「大舟の」「嬬隱る」「天づたふ」「敷妙の」など、多くの枕詞を用いる。
比喩
雲間を渡る月を、見え隠れしながら遠ざかる妻の姿にたとえる。

解説

第一長歌が「靡けこの山」という激しい命令で結ばれたのに対し、第二長歌は、丈夫と自負していた自分が涙で袖を濡らすという、悲しみの深まりで結ばれる。二つの長歌は、同じ別れを異なる角度から描き、互いに補い合っている。

黄葉、月、入り日と、秋の夕暮れの景物を重ね、別れの悲しみを視覚的に印象づける構成は見事である。反歌の137番「な散り亂れそ」は、黄葉に向かって妻の家を見せてくれと願うもので、131番の「靡けこの山」と呼応している。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、58頁(コマ33)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、52頁(コマ32)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日