万葉集 巻第二 117〜118番
丈夫や 片戀せむと
立派な男が片思いなどするものかと嘆いてみても、情けない男のくせに、やはり恋してしまった。舎人皇子の自嘲の歌と、舎人娘子の答え。

題詞舎人皇子の御歌/舎人娘子、和へ奉れる歌
現代語訳
〔117〕立派な男子が片思いなどしようかと嘆いてみるけれど、情けない男のこの私は、やはり恋してしまったことだ。
〔118〕嘆きながら立派な男子のあなたが恋してくださるからこそ、私の髪を結った元結がぐっしょりと濡れてほどけたのですね。
意訳
片思いなど男のすることではない、と自分を戒めながらも、恋心を抑えられない。舎人皇子は自分を「醜の丈夫(情けない男)」と自嘲する。それに対して舎人娘子は、髪を結った紐がほどけるのは恋されているしるしだという言い伝えをふまえて、「あなたが恋してくださるから、私の髪の紐もほどけたのです」と、皇子の思いに応える。
語釈・文法注
- 醜(しこ)
- みにくい、情けない。自分をののしっていう語。原文は「鬼」と書く。
- 髮結(もとゆひ)
- 髪を結ぶ紐。恋されるとほどけると信じられた。
文法・本文
- 戀ふれこそ……濡れけれ
- 已然形+「こそ」で理由、結びは已然形「けれ」。恋してくださるからこそ濡れたのです。
和歌
- 作者
- 舎人皇子・舎人娘子(676–735)
117番は天武天皇の皇子、舎人皇子の作。のちに『日本書紀』の編纂を主宰した。118番は舎人娘子の作。 - 出典
- 『万葉集』巻第二・相聞・117〜118番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 舎人皇子が詠んだ歌(117)と、それに舎人娘子が和えた歌(118)。
修辞
- 俗信
- 元結がほどけるのは、誰かに恋されているしるしとされた。
解説
舎人皇子は天武天皇の皇子で、のちに『日本書紀』の編纂を主宰した学識ある人物である。その皇子が恋に悩む自分を「醜の丈夫」と卑下するところに、親しみやすい人間味がある。
舎人娘子は、皇子の嘆きを受けて、髪の紐がほどけるという俗信を持ち出し、皇子の恋が自分に届いていることを伝えている。原文で「醜」を「鬼」と書くのも面白い。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、55頁(コマ31)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、49頁(コマ30)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日