万葉集 巻第一 61番
丈夫が
勇ましい男子が矢を手挟んで立ち向かい、射る的――その名をもつ的形の浦は、見るからにすがすがしい。三河行幸に従った舎人娘子の歌。

題詞舍人娘子、駕に從ひて作れる歌
現代語訳
勇ましい男子が狩りの矢を手に挟んで、立ち向かって射る的――その名の的形の浦は、見るからにすがすがしい。
意訳
「的形」という地名を、弓を射る「的」に結びつけ、勇ましい武人が矢を構えて的に向かう姿を序詞にして詠みこむ。きりりと引きしまった弓の場面が、地名の浦の清々しさにそのまま重なり、明るく爽快な印象を与える。女性の作でありながら、凛とした男性的な調子をもつ歌である。
語釈・文法注
- 得物矢(さつや)
- 狩りに用いる矢。
- 的形(まとかた)
- 伊勢国の地名(三重県松阪市東部の海岸)とされる。三河行幸の途中で通ったとみられる。
文法・本文
- 丈夫が……射る
- 「的形」を導く序詞。射る「的」から地名「的形」へ続ける。
- 見るに清けし
- 「清けし(さやけし)」は、すがすがしい、はっきりしている。
和歌
- 作者
- 舎人娘子(7世紀末〜8世紀初め)
舎人氏の女性で、宮廷に仕えたとみられる。舎人皇子との贈答歌(巻第二)も残る。 - 出典
- 『万葉集』巻第一・雑歌・61番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 大宝2年(702)の三河行幸に従った舎人娘子が、的形の浦を見て詠んだ歌。
修辞
- 序詞
- 「丈夫が得物矢手挿み立ち向ひ射る」が、地名「的形」を導く。
解説
地名を序詞で導く歌は万葉集に多いが、この歌では弓を射る勇ましい場面を序詞にすることで、地名の浦の景色に張りつめた清々しさを与えている。作者の舎人娘子は宮廷に仕えた女性で、舎人皇子との恋の贈答歌も残している。
三河行幸の帰り道、一行は伊勢を通ったと考えられ、的形はその途中の地とみられる。行幸に従った女性が、旅先の土地を晴れやかにたたえた一首である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、32頁(コマ20)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、25頁(コマ18)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日