万葉集 巻第二 114番
秋の田の 穂向のよれる
秋の田の稲穂が一方になびくように、ひたすらあなたに寄り添いたい。どれほど人の噂がうるさくても。高市皇子の宮にいながら穂積皇子を恋う但馬皇女の歌。

題詞但馬皇女、高市皇子の宮に在せる時、穂積皇子を思ひて御作歌
現代語訳
秋の田の稲穂が一方に傾いてなびいているように、ひたすらあなたに寄り添いたい。人の噂がどんなにうるさくても。
意訳
但馬皇女は、異母兄の高市皇子の宮で暮らしていた。高市皇子の妻であったとも考えられる。それでも心は穂積皇子に向かい、秋の稲穂が一方になびくように、ひたすら穂積皇子に寄り添いたいと願う。世間の噂を恐れず、恋をつらぬこうとする激しい思いが表れている。
語釈・文法注
- 片縁り(かたより)
- 一方に寄ること。
- 言痛し(こちたし)
- 人の噂がうるさい。
文法・本文
- よりなな
- 「なな」は「な」を重ねた願望の形。寄り添いたい。
和歌
- 作者
- 但馬皇女(?–708)
天武天皇の皇女。異母兄の高市皇子の宮にいたが、同じく異母兄の穂積皇子と恋をした。 - 出典
- 『万葉集』巻第二・相聞・114番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 但馬皇女が高市皇子の宮にいたとき、穂積皇子を思って詠んだ歌。
修辞
- 序詞
- 「秋の田の穗向のよれる」が「片縁り」を導く。
解説
114番から116番までの三首は、但馬皇女と穂積皇子の許されない恋を伝える歌群である。高市皇子は天武天皇の長子で、太政大臣として政治の中心にいた人物であった。
稲穂がなびく田園の風景を序詞にして、一途な恋心を表している。のちに但馬皇女が亡くなると、穂積皇子は雪の日に皇女の墓を望んで涙を流した(203番)。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、54頁(コマ31)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、48頁(コマ30)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日