万葉集 巻第二 109番
大船の
津守の占いにあらわれるだろうとは、はっきり知っていながら、私たちは二人で寝たのだ。密会を占いで暴かれた大津皇子の、開き直った歌。

題詞大津皇子、竊に石川郎女に婚ひし時、津守連通、其事を占ひ露はしつ。皇子の御作歌
現代語訳
(大船の)津守の占いにあらわれるだろうとは、はっきりと知っていて、私たち二人は寝たのだ。
意訳
石川郎女との密会が、陰陽師の津守連通の占いによって暴かれた。普通なら恥じたり悔やんだりするところだが、大津皇子は「占いでばれることなど、はじめから承知の上で共寝したのだ」と堂々と言い放つ。人目を恐れない大胆さと、恋にかける情熱が、この若い皇子の人柄をよく表している。
語釈・文法注
- 大船(おほぶね)の
- 「津」にかかる枕詞。大船が泊まる港(津)の意から。
文法・本文
- 告らむとは
- 「告る」は占いの結果としてあらわれる。あらわれるだろうとは。
- 原文「益爲爾」
- 「まさしに(はっきりと)」を「益爲爾」と書く。
和歌
- 作者
- 大津皇子(663–686)
天武天皇の皇子で、母は大田皇女。大伯皇女の同母の弟。容姿・才能にすぐれたが、天武天皇の没後、謀反の疑いで捕らえられ、二十四歳で死を賜った。 - 出典
- 『万葉集』巻第二・相聞・109番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 大津皇子が石川郎女とひそかに通じたとき、津守連通がそのことを占いで明らかにしたので、皇子が詠んだ歌。
修辞
- 枕詞
- 「大船の」が「津守」にかかる。
解説
石川郎女は、大津皇子の異母兄で皇太子の草壁皇子からも歌を贈られている(110番)。皇太子が思いを寄せる女性と密会したことが占いで露見したとなれば、ただごとではなかったであろう。のちの大津皇子の悲劇と重ねて読まれることも多い。
それでもこの歌は、恥じることなく「承知の上だ」と開き直る。107番で恋人を待ちわびた歌とあわせて、恋に情熱をかける大津皇子の姿が浮かび上がる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、53頁(コマ30)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、48頁(コマ30)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日