古典ライブラリー

万葉集 巻第一 28番

春過ぎて

持統天皇(じとうてんのう)

春が過ぎて夏が来たらしい。天の香具山に、真っ白な衣が干してある。季節の移り変わりを、鮮やかな色彩でとらえた持統天皇の歌。

初夏の宮殿の縁から、緑の香具山と山裾に干された白い衣を見渡す持統天皇
初夏の宮殿の縁から、緑の香具山と山裾に干された白い衣を見渡す持統天皇

題詞藤原宮御宇天皇代(高天原廣野姫天皇) 天皇の御製の歌

  1. 1春はる春はるはる過す過すすぎぎぎててて春過而
  2. 2夏なつ夏なつなつ來きた來きたきたらしらしらし夏來良之
  3. 3白しろ白しろしろののの白妙能
  4. 4衣ころも衣ころもころもほしほしほし衣乾有
  5. 5天あめ天あめあめののの香か香かか具ぐ具ぐぐ天之香來山

引用の仕方

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現代語訳

春が過ぎて、夏がやって来たらしい。真っ白な衣が干してある、天の香具山に。

意訳

藤原宮から香具山を眺めると、新緑の山肌に白い衣がひるがえっている。それを見て、天皇は夏の訪れを知る。白い衣は、夏を迎える神事のために、神に仕える人々が干したものとも考えられる。神聖な香具山と、清らかな白い衣、季節の移り変わりとを重ねて、新しい都で迎えた夏の明るさと、天皇が国の季節を見守る姿を歌っている。

語釈・文法注

來る(きたる)
「来至る(きいたる)」がつまった語。やって来る。
白妙(しろたへ)
楮(こうぞ)などの繊維で織った白い布。また、その白さ。ここでは「衣」を修飾する。
ほしたり
「干す」の連用形に、存続の助動詞「たり」が付いた形。干してある。
天の香具山
奈良県橿原市にある山で、大和三山の一つ。藤原宮の東にあたる。天から降ってきた山という伝承があり、神聖な山とされた。

文法・本文

夏來るらし
「らし」は、目の前の根拠にもとづいて推定する助動詞。白い衣を見て、夏が来たらしいと判断している。
衣ほしたり 天の香具山
「天の香具山に衣ほしたり」の倒置で、体言止め。
原文「衣乾有」「天之香來山」
原文は「乾」を「ほす」と訓み、「香具山」を「香來山」と書く。
百人一首との違い
『新古今和歌集』や百人一首では「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山」となり、「ほしたり」が「ほすてふ(干すという)」に変わって、目の前の光景から伝え聞いたことへと意味が変わっている。

和歌

作者
持統天皇(645–702)
天智天皇の皇女で、天武天皇の皇后。名は鸕野讃良(うののさらら)。天武天皇の没後に即位し(在位690–697)、藤原京に都を移した。孫の文武天皇に譲位したのちも太上天皇として政治を支えた。百人一首の第2首にも、この歌の形を変えたものが選ばれている。
出典
『万葉集』巻第一・雑歌・28番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
状況
持統天皇が藤原宮(694年に遷都)にいたころの歌とみられる。宮から東に見える香具山の初夏の景色を詠む。

修辞

倒置・体言止め
「衣ほしたり 天の香具山」。最後に神聖な山の名を置いて、一首を引きしめる。
色の対比
新緑の山と白い衣の対照が、夏の到来を鮮やかに印象づける。

解説

持統天皇は、夫の天武天皇の遺志を継いで、中国の都にならった本格的な都城、藤原京を造った。香具山は藤原宮のすぐ東にそびえる山で、宮の中からその姿がよく見えた。この歌は、その香具山の中腹に白い衣が干されているのを見て、夏の訪れを知ったという、簡潔で力強い叙景の歌である。

白い衣が誰のものかについては、山のふもとの人々の衣とする説のほか、夏の初めの神事にかかわる神聖な衣とする説がある。いずれにしても、「らし」「たり」と目に見えるものから確かに夏を感じ取る調子は、のちの『新古今和歌集』や百人一首の「衣ほすてふ(干すという)」の優美で間接的な言い方とは異なる、万葉集らしい直接的な表現である。両者を読み比べると、時代による和歌の好みの違いがよくわかる。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、25頁(コマ16)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、17頁(コマ14)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日