古今和歌集 序
仮名序(二)
人の世のさまざまな思いを歌が慰めてきたこと、奈良の御代の柿本人麿と山部赤人、そして近き世の六人の歌人の評。

- 1又又また春春はるのあしたにのあしたにのあしたに花花はなのちるのちるのちるををを見見み、、、秋秋あきののの夕暮夕暮ゆうぐれににに木木こののの葉葉はののの落落おつるつるつるををを聞聞きききき、、、あるあるあるははは年年としごとにごとにごとに鏡鏡かがみののの影影かげににに見見みゆるゆるゆる雪雪ゆきととと波波なみとととををを歎歎なげききき、、、草草くさののの露露つゆ、、、水水みずののの沫沫あわををを見見みててて、、、我我わががが身身みをををおどろきおどろきおどろき、、、あるあるあるははは昨日昨日きのうははは榮榮さかえおごりてえおごりてえおごりて、、、時時ときををを失失うしなひひい、、、世世よにわびにわびにわび、、、親親したしかりしもしかりしもしかりしも踈踈うとくなりくなりくなり、、、あるあるあるははは松山松山まつやまののの波波なみをををかけかけかけ、、、野中野中のなかののの水水みずをををくみくみくみ、、、秋萩秋萩あきはぎののの下葉下葉したばをををながめながめながめ、、、曉曉あかつきののの鴫鴫しぎのののはねがきはねがきはねがきをををかぞへかぞへかぞえ、、、あるあるあるははは吳竹吳竹くれたけのののうきふしうきふしうきふしををを人人ひとにいひにいひにいい、、、吉野川吉野川よしのがわをををひきてひきてひきて世世よののの中中なかををを恨恨うらみきつるにみきつるにみきつるに、、、今今いまはははふじのふじのふじの山山やまももも煙煙けぶりたたずなりたたずなりたたずなり、、、長柄長柄ながらののの橋橋はしもつくるなりともつくるなりともつくるなりと聞聞きくくく人人ひとははは、、、歌歌うたにのみぞにのみぞにのみぞ心心こころをををなぐさめけるなぐさめけるなぐさめける。。。
- 2いにしへよりかくいにしへよりかくいにしえよりかく傳傳つたはるうちにもはるうちにもわるうちにも、、、奈良奈良ならのおほんのおほんのおおん時時ときよりぞよりぞよりぞひろまりにけるひろまりにけるひろまりにける。。。かのかのかの御御おおん世世よややや、、、歌歌うたののの心心こころをををしろしめしたりけむしろしめしたりけむしろしめしたりけむ。。。かのかのかの御時御時おおんときにおほきみつのくらゐにおほきみつのくらゐにおおきみつのくらい柿本柿本かきのもとののの人麿人麿ひとまろなむなむなむ歌歌うたのののひじりなりけるひじりなりけるひじりなりける。。。これこれこれははは君君きみももも人人ひとももも身身みををを合合あわせたりといふなるべしせたりといふなるべしせたりというなるべし。。。
- 3秋秋あきのゆふべのゆふべのゆうべ龍田川龍田川たつたがわににに流流ながるるるるるる紅葉紅葉もみじをばをばをば、、、みかどのおほんみかどのおほんみかどのおおん目目めにににははは錦錦にしきととと見見み給給たまひひい、、、春春はるのあしたのあしたのあした吉野吉野よしの山山やまののの櫻櫻さくらははは、、、人麿人麿ひとまろががが心心こころにににははは雲雲くもかとのみなむかとのみなむかとのみなむ覺覺おぼえけるえけるえける。。。
- 4又又また山邊赤人山邊赤人やまべのあかひとといふといふという人人ひとありありあり、、、歌歌うたにあやしくたへなりけりにあやしくたへなりけりにあやしくたえなりけり。。。人麿人麿ひとまろははは赤人赤人あかひとがかみにたたむがかみにたたむがかみにたたむ事事ことかたくかたくかたく、、、赤人赤人あかひとははは人麿人麿ひとまろがしもにたたむがしもにたたむがしもにたたむ事事ことかたくなむありけるかたくなむありけるかたくなむありける。。。
- 5このこのこの人々人々ひとびとをををおきておきておきて、、、又又またすぐれたるすぐれたるすぐれたる人人ひとももも、、、吳竹吳竹くれたけのよよにのよよにのよよに聞聞きこえええ、、、片糸片糸かたいとのよりよりにのよりよりにのよりよりに絕絕たえずぞえずぞえずぞ有有ありけるりけるりける。。。これよりさきのこれよりさきのこれよりさきの歌歌うたをををあつめてなむあつめてなむあつめてなむ萬葉集萬葉集まんようしゅうとととなづけなづけなづけられたりけるられたりけるられたりける。。。
- 6ここにいにしへのここにいにしへのここにいにしえの事事ことをもをもをも、、、歌歌うたののの心心こころをもをもをも知知しれるれるれる人人ひと、、、わづかにわづかにわずかにひとりひとりひとりふたりふたりふたりなりきなりきなりき。。。しかあれどしかあれどしかあれど、、、これかれこれかれこれかれ得得えたるたるたる所所ところ、、、えぬえぬえぬ所所ところ、、、たがひたがひたがいになむあるになむあるになむある。。。
- 7かのかのかの御時御時おおんときよりこのかたよりこのかたよりこのかた、、、年年としははは百年百年ももとせあまりあまりあまり、、、世世よはははとつぎになむなりにけるとつぎになむなりにけるとつぎになむなりにける。。。いにしへのいにしへのいにしえの事事ことをもをもをも歌歌うたをもをもをも知知しれるれるれる人人ひとよむよむよむ人人ひと多多おおからずからずからず。。。今今いまこのこのこの事事ことをををいふにいふにいうに、、、つかさつかさつかさ位位くらい高高たかききき人人ひとをばをばをば、、、たやすきたやすきたやすきやうやうようなればいれずなればいれずなればいれず。。。
- 8そのそのその外外ほかににに近近ちかききき世世よにそのにそのにその名名な聞聞きこえたるえたるえたる人人ひとははは、、、すなはちすなはちすなわち僧正遍昭僧正遍昭そうじょうへんじょうははは、、、歌歌うたのさまのさまのさまはははえたれどもえたれどもえたれども、、、誠誠まことすくなしすくなしすくなし。。。たとへばたとへばたとえば繪繪えにかけるにかけるにかける女女おんなををを見見みててて、、、徒徒いたずらににに心心こころををを動動うごかすがかすがかすが如如ごとししし。。。
- 9在原業平在原業平ありわらのなりひらははは、、、そのそのその心心こころ餘餘あまりてりてりて詞詞ことばたらずたらずたらず、、、しほめるしほめるしおめる花花はなののの色色いろなくてなくてなくて、、、にほひにほひにおい殘殘のこれるがれるがれるが如如ごとししし。。。
- 10文屋康秀文屋康秀ふんやのやすひでははは、、、詞詞ことばたくみにてそのさまたくみにてそのさまたくみにてそのさま身身みにおはずにおはずにおわず、、、いはばいはばいわば商人商人あきびとのよききぬのよききぬのよききぬ著著きたらむがたらむがたらむが如如ごとししし。。。
- 11宇治山宇治山うじやまののの僧僧そう喜撰喜撰きせんははは、、、詞詞ことばかすかにしてかすかにしてかすかにして始終始終はじめおわりたしかならずたしかならずたしかならず、、、いはばいはばいわば秋秋あきののの月月つきををを見見みるにるにるに、、、曉曉あかつきののの雲雲くもにあへるがにあへるがにあえるが如如ごとししし。。。よめるよめるよめる歌歌うたおほくきこえねばおほくきこえねばおおくきこえねば、、、これかれかよはしてよくこれかれかよはしてよくこれかれかよわしてよく知知しらずらずらず。。。
- 12小野小町小野小町おののこまちはははいにしへのいにしへのいにしえの衣通姬衣通姬そとおりひめののの流流ながれなりなりなり。。。あはれなるやうにてつよからずあはれなるやうにてつよからずあわれなるようにてつよからず、、、いはばよきいはばよきいわばよき女女おんなのなやめるのなやめるのなやめる所所ところあるにあるにあるに似似にたりたりたり。。。つよからぬつよからぬつよからぬはははをうなをうなおうなののの歌歌うたなればなるべしなればなるべしなればなるべし。。。
- 13大友黑主大友黑主おおとものくろぬしはははそのさまいやしそのさまいやしそのさまいやし、、、いはばいはばいわば薪薪たきぎををを負負おへるへるえる山人山人やまびとののの、、、花花はなののの陰陰かげにやすめるがにやすめるがにやすめるが如如ごとししし。。。
- 14このこのこのほかのほかのほかの人々人々ひとびと、、、そのそのその名名なきこゆるきこゆるきこゆる、、、野邊野邊のべにおふるかつらのにおふるかつらのにおうるかつらのはひはひはいひろごりひろごりひろごり、、、林林はやしにしげきにしげきにしげき木木こののの葉葉はののの如如ごとくにくにくに多多おおかれどかれどかれど、、、歌歌うたとのみとのみとのみ思思おもひてそのさまひてそのさまいてそのさま知知しらぬなるべしらぬなるべしらぬなるべし。。。
現代語訳
また、春の朝に花の散るのを見、秋の夕暮れに木の葉の落ちる音を聞き、ある者は年ごとに鏡に映る白髪や皺を嘆き、草の露や水の泡を見て我が身のはかなさに驚き、ある者は昨日まで栄え驕っていたのに時勢を失い、世に落ちぶれ、親しかった人とも疎遠になり、ある者は末の松山の波にかけて誓い、野中の清水を汲み、秋萩の下葉をながめ、暁の鴫の羽ばたきを数え、ある者は呉竹の節のようにつらいことを人に言い、吉野川を引き合いに世の中を恨んできたが、今は富士の山も煙が立たなくなり、長柄の橋も造り替えられると聞く人は、歌によってだけ心を慰めてきたのである。
昔からこのように伝わってきた中でも、奈良の御代から広まった。その御代の帝は歌の心をよくご存じだったのであろう。その御代に、正三位柿本人麿が歌の聖であった。これは、君も臣も心を一つにしていたということであろう。
秋の夕べ、竜田川に流れる紅葉を、帝の御目には錦とご覧になり、春の朝の吉野山の桜は、人麿の心には雲かとばかり思われたのであった。
また山部赤人という人がいた。歌に不思議なほどすぐれていた。人麿は赤人の上に立つことがむずかしく、赤人は人麿の下に立つことがむずかしいほどであった。
この人々のほかにも、またすぐれた人が、呉竹の節のように代々に名が聞こえ、片糸を縒り合わせるように折々に絶えずいた。これより前の歌を集めて「万葉集」と名づけられたのである。
ここに、昔のことをも歌の心をも知っている人は、わずかに一人二人であった。けれども、それぞれ得意な所と不得意な所とが、互いにある。
その御代から今まで、年は百年あまり、世は十代になった。昔のことも歌も知っていて詠む人は多くない。今このことを言うのに、官位の高い人は、軽々しく扱うようなことになるので入れない。
それ以外で、近い世にその名の聞こえた人は、まず僧正遍昭は、歌の様式は会得しているが、真実味が少ない。たとえば、絵にかいた女を見て、むなしく心を動かすようなものである。
在原業平は、その心があふれて言葉が足りない。しぼんだ花が色つやを失って、香りだけが残っているようなものである。
文屋康秀は、言葉は巧みだが、その歌の姿が中身にそぐわない。言ってみれば、商人がよい衣を着ているようなものである。
宇治山の僧喜撰は、言葉がかすかで、始めと終わりがはっきりしない。言ってみれば、秋の月を見ていると、暁の雲にさえぎられたようなものである。詠んだ歌が多く伝わらないので、あれこれ比べてよく知ることができない。
小野小町は、昔の衣通姫の流れをくむ。しみじみとした趣があって、強くない。言ってみれば、美しい女が病に悩んでいる所があるのに似ている。強くないのは、女の歌だからであろう。
大友黒主は、その歌の姿が卑俗である。言ってみれば、薪を背負った山人が、花の陰で休んでいるようなものである。
このほかの人々で、その名の聞こえる者は、野辺に生える葛が這い広がり、林に茂る木の葉のように多いけれど、ただ歌とばかり思って、その本当の姿を知らないのであろう。
意訳
前半は、人生の喜びや悲しみ、老い、零落、恋、恨みなど、あらゆる思いを人々が歌に託してきたことを、有名な古歌の句を次々に引いて示す。続いて奈良の御代の柿本人麿と山部赤人を歌の聖と仰ぎ、万葉集の成立に触れる。後半の「六歌仙評」は、遍昭・業平・康秀・喜撰・小町・黒主の六人を、長所と短所を比喩で言い当てながら批評したもので、日本で最初の本格的な歌人論とされる。
語釈・文法注
- 鏡の影に見ゆる雪と波
- 鏡に映る白髪(雪)と皺(波)。
- 富士の山も煙たたずなり
- 富士の煙が絶えたように、恋の思いも消えたことのたとえ。
- 長柄の橋もつくるなり
- 古いもののたとえの長柄の橋も造り替えられる。我が身の老いを嘆く歌(1051番)をふまえる。
- 奈良のおほん時
- 奈良の帝の御代。どの天皇をさすかは諸説ある(文武天皇・聖武天皇・平城天皇など)。
- おほきみつのくらゐ
- 正三位。人麿の実際の位は低く、この記述は伝説による。
- ひじり
- 聖。その道の第一人者。
- いはば
- 言ってみれば、たとえて言えば。
- 衣通姫の流
- 衣通姫の系統。衣通姫は允恭天皇の妃と伝える美女で、1110番の歌の作者とされる。
解説
後半の六人の評から、遍昭・業平・康秀・喜撰・小町・黒主を「六歌仙」と呼ぶようになった。ただし、仮名序自身は「六歌仙」という言葉を使っておらず、むしろ「その様知らぬ」人々の中で名の聞こえた者として、欠点も含めて評している。
評は真名序(二)の評とほぼ対応する。真名序では、遍昭を「花山僧正」、業平を「在原中将」、康秀を「文琳」と呼んでいる。
関連
出典
- 底本
- 有朋堂文庫『古今和歌集・後撰和歌集』 塚本哲三校訂、有朋堂書店、大正15年(1926)、仮名序 3〜6頁(コマ9〜11)。正保四年版『八代集』を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日