古今和歌集 序
仮名序(三)
醍醐天皇の勅命により、紀友則・紀貫之・凡河内躬恒・壬生忠岑が歌を集め、二十巻の古今和歌集とした。撰集を喜ぶ結び。

- 1かかるにかかるにかかるに今今いますべらぎのすべらぎのすべらぎの天天あめののの下下したしろしめすことしろしめすことしろしめすこと、、、四四よつののの時時とき九九ここののかへりになむなりぬるのかへりになむなりぬるのかえりになむなりぬる。。。あまねきおほんうつくしみのあまねきおほんうつくしみのあまねきおおんうつくしみの波波なみ、、、八島八島やしまのののほかまでほかまでほかまで流流ながれれれ、、、廣廣ひろきおほんきおほんきおおん惠惠めぐみののの陰陰かげ、、、筑波山筑波山つくばやまののの麓麓ふもとよりもしげくおはしましてよりもしげくおはしましてよりもしげくおわしまして、、、よろづのまつりごとよろづのまつりごとよろずのまつりごとをををきこしめすいとまきこしめすいとまきこしめすいとま、、、もろもろのもろもろのもろもろの事事ことををを捨捨すててて給給たまはぬあまりにはぬあまりにわぬあまりに、、、いにしへのいにしへのいにしえの事事ことをもをもをも忘忘わすれじれじれじ、、、ふりにしふりにしふりにし事事ことをををもおこしもおこしもおこし給給たまふとてふとてうとて、、、今今いまもみそなはしもみそなはしもみそなわし、、、後後のちののの世世よにもつたはれとてにもつたはれとてにもつたわれとて、、、
- 2延喜延喜えんぎ五年五年ごねん四月四月しがつ十八日十八日じゅうはちにちににに、、、大内記大内記だいないき紀友則紀友則きのとものり、、、御書御書ごしょののの所所ところのあづかりのあづかりのあずかり紀貫之紀貫之きのつらゆき、、、さきのさきのさきの甲斐甲斐かいのさうのさうのそう官官かん凡河内躬恒凡河内躬恒おおしこうちのみつね、、、右衞門右衞門うえもんののの府生府生ふしょう壬生忠岑壬生忠岑みぶのただみねらにらにらに仰仰おおせられてせられてせられて、、、萬葉集萬葉集まんようしゅうにいらぬにいらぬにいらぬふるきふるきふるき歌歌うた、、、みづからのみづからのみずからのをもをもをも奉奉たてまつらしめらしめらしめ給給たまひてなむひてなむいてなむ。。。
- 3それがなかにもそれがなかにもそれがなかにも、、、梅梅うめをををかざすよりかざすよりかざすよりはははじめてじめてじめて、、、郭公郭公ほととぎすををを聞聞きききき、、、紅葉紅葉もみじををを折折おりりり、、、雪雪ゆきををを見見みるにいたるまでるにいたるまでるにいたるまで、、、またまたまた鶴鶴つる龜龜かめにつけてにつけてにつけて君君きみをををおもひおもひおもい、、、人人ひとをををもいはひもいはひもいわい、、、秋萩秋萩あきはぎ夏草夏草なつくさををを見見みててて妻妻つまをををこひこひこい、、、逢坂逢坂おうさか山山やまにいたりてたむけにいたりてたむけにいたりてたむけををを祈祈いのりりり、、、あるあるあるははは春春はる夏夏なつ秋秋あき冬冬ふゆにもいらぬくさぐさのにもいらぬくさぐさのにもいらぬくさぐさの歌歌うたをををなむなむなむ、、、えらばせたまひけるえらばせたまひけるえらばせたまいける。。。すべてすべてすべて千歌千歌ちうた二十卷二十卷はたまき、、、名名なづけづけづけててて古今和歌集古今和歌集こきんわかしゅうといふといふという。。。
- 4かくこのたびあつめえらばれてかくこのたびあつめえらばれてかくこのたびあつめえらばれて、、、山下山下やました水水みずのたえずのたえずのたえず、、、濱濱はまのまさごののまさごののまさごの數數かずおほくつもりぬればおほくつもりぬればおおくつもりぬれば、、、今今いまははは飛鳥川飛鳥川あすかがわののの瀨瀨せになるうらみもになるうらみもになるうらみも聞聞きこえずえずえず、、、さされさされさされ石石いしののの巖巖いわおとなるよろこびのみぞあるべきとなるよろこびのみぞあるべきとなるよろこびのみぞあるべき。。。
- 5それまくらそれまくらそれまくら言葉言葉ことばははは春春はるののの花花はなにほひすくなくしてにほひすくなくしてにおいすくなくして、、、むなしきむなしきむなしき名名なのみのみのみ秋秋あきののの夜夜よののの長長ながきききをををかこてればかこてればかこてれば、、、かつかつかつははは人人ひとのみみにおそりのみみにおそりのみみにおそり、、、かつかつかつははは歌歌うたののの心心こころにににはははぢぢじ思思おもへどへどえど、、、たなびくたなびくたなびく雲雲くものたちゐのたちゐのたちい、、、なくなくなく鹿鹿しかのののおきふしおきふしおきふしははは、、、貫之貫之つらゆきらがこのらがこのらがこの世世よにおなじくうまれてにおなじくうまれてにおなじくうまれて、、、このこのこの事事ことののの時時ときにあへるにあへるにあえるをををなむよろこびぬるなむよろこびぬるなむよろこびぬる。。。
- 6人麿人麿ひとまろなくなりにたれどなくなりにたれどなくなりにたれど、、、歌歌うたのこととどまれるかなのこととどまれるかなのこととどまれるかな。。。たとひたとひたとい時時ときうつりうつりうつり事事ことさりさりさり、、、たのしびかなしびゆきかふともたのしびかなしびゆきかふともたのしびかなしびゆきかうとも、、、このこのこの歌歌うたののの文字文字もじあるあるあるをやをやをや。。。
- 7靑柳靑柳あおやぎののの糸糸いとたえずたえずたえず、、、松松まつののの葉葉はののの散散ちりりりうせずしてうせずしてうせずして、、、まさきのかづらまさきのかづらまさきのかずら長長ながくつたはりくつたはりくつたわり、、、鳥鳥とりののの跡跡あとひさしくとどまれらばひさしくとどまれらばひさしくとどまれらば、、、歌歌うたのさまのさまのさまをもをもをも知知しりりり、、、ことのことのことの心心こころをもをもをも得得えたらむたらむたらむ人人ひとははは、、、大空大空おおぞらののの月月つきををを見見みるがごとくにるがごとくにるがごとくに、、、いにしへいにしへいにしえをををあふぎあふぎあおぎててて、、、今今いまををを戀戀こひひいざらめかもざらめかもざらめかも。。。
現代語訳
こうしたなかで、今の帝(醍醐天皇)が天下をお治めになって、四季が九回めぐり、九年になった。広く行きわたるご慈愛の波は大八洲の外まで流れ、広いご恩恵の陰は筑波山の麓よりも茂っていらっしゃって、多くの政務をお聞きになる合間に、さまざまなことをお捨てにならないあまりに、昔のことをも忘れまい、古くなったことをも復興しようとお考えになり、今もご覧になり、後の世にも伝われとお思いになって、
延喜五年四月十八日に、大内記紀友則、御書所預紀貫之、前甲斐少目凡河内躬恒、右衛門府生壬生忠岑らにお命じになって、万葉集に入らない古い歌や、自分たちの歌をも献上させなさったのである。
その中から、梅を髪に挿すことから始めて、ほととぎすを聞き、紅葉を折り、雪を見るに至るまで(四季の歌)、また鶴や亀につけて君を思い、人をも祝い(賀の歌)、秋萩や夏草を見て妻を恋い(恋の歌)、逢坂山に行って手向けをして旅の無事を祈り(離別・羇旅の歌)、あるいは春夏秋冬にも入らないさまざまな歌を、お選ばせになった。全部で千首、二十巻、名づけて「古今和歌集」という。
このようにこのたび集め選ばれて、山の下を流れる水のように絶えることなく、浜の砂の数ほど多く積もったので、今は、飛鳥川の淵が瀬に変わるような世の移ろいを恨む声も聞こえず、さざれ石が巌となるような永続の喜びだけがあるはずである。
さて、私どもの言葉は春の花のような美しさに乏しく、秋の夜が長いように名ばかりが長くむなしいことを嘆くので、一方では世の人の聞こえを恐れ、一方では歌の心に恥じるけれど、たなびく雲が立ったりとどまったりするように、鳴く鹿が起きたり伏したりするように、いつも、貫之らがこの世に同じく生まれ合わせて、この撰集の時に出会ったことを喜んでいる。
人麿は亡くなってしまったが、歌のことはとどまっているではないか。たとえ時が移り、事が去り、楽しみや悲しみが行き交っても、この歌の文字があるのだから。
青柳の糸が絶えず、松の葉が散り失せず、まさきのかずらが長く伝わるように、鳥の足跡(文字)が久しくとどまるならば、歌の姿をも知り、言葉の心をも理解した人は、大空の月を見るように、昔を仰ぎ見て、今の世を慕わずにいられようか。
意訳
醍醐天皇の治世をたたえ、勅命によって四人の撰者が古今の歌を集めたこと、そしてその内容が四季・賀・恋・離別・羇旅・雑など、古今集の部立に沿っていることを示す。最後に、撰者としての謙遜と、この時代に生まれ合わせた喜びを述べ、歌が書き残されて後の世まで伝わるならば、人々は大空の月を仰ぐように今の時代を慕うだろう、と結ぶ。
語釈・文法注
- 四の時九のかへり
- 四季が九回めぐること。醍醐天皇の即位(897)から九年。
- 大内記
- 中務省の役人で、詔勅などを書く。
- 御書の所のあづかり
- 御書所(宮中の書物を扱う所)の預(責任者)。
- さう官
- 目(さかん)。国司の第四等官。
- 府生
- 衛府の下級の役人。
- 梅をかざすより…
- 以下、古今集の部立(四季・賀・恋・離別・羇旅・雑)を順にたどる。
- 飛鳥川の瀨になるうらみ
- 「世の中は何か常なる飛鳥川昨日の淵ぞ今日は瀬になる」(933番)をふまえ、世の移ろいを恨むこと。
- さされ石の巖となる
- 「わが君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」(343番)をふまえる。
- 鳥の跡
- 文字。中国で鳥の足跡を見て文字を作ったという伝説による。
解説
撰進の日付を延喜五年四月十八日とするが、この日を古今集の成立の日とするか、撰集の命が下った日とするかは説が分かれる。歌には延喜五年より後のものも含まれ、撰集はその後も続けられたと考えられる。
仮名序の結びは、歌が文字によって後世に残ることへの強い期待を述べており、貫之の文学観をよく示している。
関連
出典
- 底本
- 有朋堂文庫『古今和歌集・後撰和歌集』 塚本哲三校訂、有朋堂書店、大正15年(1926)、仮名序 6〜8頁(コマ11〜12)。正保四年版『八代集』を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
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