古今和歌集 巻第十七 雑歌上 874番
玉垂の
玉垂れの小瓶はどこへ行ったのか。こよろぎの磯の波を分けて、沖へ出てしまった。
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- 1寛平寛平かんぴょうののの御時御時おおんときにににうへのさぶらひにうへのさぶらひにうえのさぶらいに侍侍はべりけるをのこどもりけるをのこどもりけるおのこども瓶瓶かめををを持持もたせてたせてたせて后后きさいののの宮宮みやののの御方御方おおんかたにおほみきのおろしときこえににおほみきのおろしときこえににおおみきのおろしときこえに奉奉たてまつりたりけるりたりけるりたりけるををを藏人藏人くろうどどもどもども笑笑わらひてひていて瓶瓶かめををを御前御前おまえにもてにもてにもて出出いでてともかくもいはずなりにければでてともかくもいはずなりにければでてともかくもいわずなりにければ使使つかいののの歸歸かえりきてさなむありつるといひければりきてさなむありつるといひければりきてさなむありつるといいければ藏人藏人くろうどのなかにのなかにのなかに送送おくりけるりけるりける詞書
- 2玉垂玉垂たまだれののの初句
- 3ををおがめやいづらがめやいづらがめやいずら二句
- 4こよろぎのこよろぎのこよろぎの三句
- 5磯磯いそののの波波なみわけわけわけ四句
- 6沖沖おきににに出出いでにけりでにけりでにけり結句
現代語訳
〔詞書〕寛平の御時、殿上の詰め所にいた男たちが、瓶を持たせて后の宮の御方へお酒のお下がりをいただきたいと申し上げたところ、蔵人たちが笑って、瓶を御前に持ち出して何とも返事をしなくなったので、使いが帰ってきて「こうでした」と言ったので、蔵人たちの中に送った歌。
玉垂れの小瓶はどこへ行ったのか。こよろぎの磯の波を分けて、沖へ出てしまった。
意訳
酒をもらいに行った瓶が戻ってこないのを、「こよろぎの磯(「小ゆるぎ」)の沖」へ出たとおどけて、催促した。
語釈・文法注
- 玉垂の
- 「を(緒)」にかかる。
- をがめ
- 小瓶。「沖」をかけるとも。
- こよろぎ
- 相模国の歌枕。
和歌
- 作者
- 壬生忠岑(みぶのただみね) 生没年未詳(九世紀後半〜十世紀前半)
『古今和歌集』の撰者の一人。右衛門府生など下級の武官を務めた。歌論書『和歌体十種(忠岑十体)』の作者とされる。三十六歌仙の一人。 - 出典
- 『古今和歌集』巻第十七・雑歌上・874番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「寛平の御時にうへのさぶらひに侍りけるをのこども瓶を持たせて后の宮の御方におほみきのおろしときこえに奉りたりけるを藏人ども笑ひて瓶を御前にもて出でてともかくもいはずなりにければ使の歸りきてさなむありつるといひければ藏人のなかに送りける」(寛平の御時、殿上の詰め所にいた男たちが、瓶を持たせて后の宮の御方へお酒のお下がりをいただきたいと申し上げたところ、蔵人たちが笑って、瓶を御前に持ち出して何とも返事をしなくなったので、使いが帰ってきて「こうでした」と言ったので、蔵人たちの中に送った歌)。
解説
壬生忠岑の歌。宮中の宴でのユーモアの歌。
関連
出典
- 底本
- 有朋堂文庫『古今和歌集・後撰和歌集』 塚本哲三校訂、有朋堂書店、大正15年(1926)、157〜158頁(コマ92)。正保四年版『八代集』を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日