古典ライブラリー

古今和歌集 巻第三 夏歌 165番

はちす葉の

僧正遍昭(そうじょうへんじょう)

蓮の葉は、泥の濁りに染まらない清らかな心を持っているのに、どうして露を玉のように見せて人をあざむくのか。

「はちす葉の」の歌をもとにした情景。蓮の葉は、泥の濁りに染まらない清らかな心を持っているのに、どうして露を玉のように見せて人をあざむくのか。
「はちす葉の」の歌をもとにした情景。蓮の葉は、泥の濁りに染まらない清らかな心を持っているのに、どうして露を玉のように見せて人をあざむくのか。
作者
僧正遍昭
  1. 1蓮はちす蓮はちすはちすののの露つゆ露つゆつゆををを見み見みみてよめるてよめるてよめる詞書
  2. 2はちすはちすはちす葉ば葉ばばののの初句
  3. 3にごりにしまぬにごりにしまぬにごりにしまぬ二句
  4. 4心こころ心こころこころもてもてもて三句
  5. 5なにかはなにかはなにかわ露つゆ露つゆつゆををを四句
  6. 6玉たま玉たまたまとあざむくとあざむくとあざむく結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕蓮の葉の露を見て詠んだ歌。

蓮の葉は、泥の濁りに染まらない清らかな心を持っているのに、どうして露を玉のように見せて人をあざむくのか。

意訳

泥の中から清らかな花を咲かせる蓮は仏教で清浄の象徴だが、その葉の上の露を玉と見せかけるのは人をだますことではないか、とからかう。

語釈・文法注

はちす葉
蓮の葉。
にごりにしまぬ
泥の濁りに染まらない。『法華経』の「世間の法に染まらざること蓮華の水に在るが如し」による。
何かは
どうして。

和歌

作者
僧正遍昭(そうじょうへんじょう) 816–890
桓武天皇の孫で、俗名は良岑宗貞(よしみねのむねさだ)。仁明天皇に仕えて蔵人頭となったが、天皇の崩御を機に出家し、のちに僧正となって元慶寺・花山寺を開いた。素性法師の父。六歌仙・三十六歌仙の一人。
出典
『古今和歌集』巻第三・夏歌・165番
歌体
短歌
状況
詞書「蓮の露を見てよめる」(蓮の葉の露を見て詠んだ歌)。

修辞

見立て
露を玉に見立てる。

解説

僧正遍昭の歌。仏教の教えを機知的に用いた、遍昭らしい歌。

関連

出典

底本
有朋堂文庫『古今和歌集・後撰和歌集』 塚本哲三校訂、有朋堂書店、大正15年(1926)、29頁(コマ28)。正保四年版『八代集』を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日