古典ライブラリー

古今和歌集 巻第三 夏歌 164番

ほととぎす

凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)

ほととぎすは、私というわけでもないのに、どうしてつらい世の中で鳴き続けているのだろう。

「ほととぎす」の歌をもとにした情景。ほととぎすは、私というわけでもないのに、どうしてつらい世の中で鳴き続けているのだろう。
「ほととぎす」の歌をもとにした情景。ほととぎすは、私というわけでもないのに、どうしてつらい世の中で鳴き続けているのだろう。
作者
躬恒(凡河内躬恒)
  1. 1郭公ほととぎす郭公ほととぎすほととぎすののの鳴な鳴ななきけるきけるきけるををを聞き聞きききてよめるきてよめるきてよめる詞書
  2. 2ほととぎすほととぎすほととぎす初句
  3. 3われとわれとわれとはははなしになしになしに二句
  4. 4うのうのうの花はな花はなはなののの三句
  5. 5憂世うきよ憂世うきようきよののの中なか中なかなかににに四句
  6. 6鳴な鳴ななききき渡わた渡わたわたるらむるらむるらむ結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕ほととぎすが鳴いたのを聞いて詠んだ歌。

ほととぎすは、私というわけでもないのに、どうしてつらい世の中で鳴き続けているのだろう。

意訳

つらい世を嘆いて泣いているのは自分なのに、ほととぎすまでが鳴き続けている、と自分の嘆きを鳥に重ねる。

語釈・文法注

われとはなしに
自分であるわけでもないのに。
卯の花の
「う」の音から「憂き」を導く。

和歌

作者
凡河内躬恒(おおしこうちのみつね) 生没年未詳(九世紀末〜十世紀前半)
『古今和歌集』の撰者の一人。甲斐少目・和泉大掾など地方の下級官人を務めたが、歌才は宇多・醍醐両天皇に重んじられ、屏風歌や歌合で活躍した。貫之と並ぶ歌人とされる。三十六歌仙の一人。
出典
『古今和歌集』巻第三・夏歌・164番
歌体
短歌
状況
詞書「郭公の鳴きけるを聞きてよめる」(ほととぎすが鳴いたのを聞いて詠んだ歌)。

修辞

序詞的表現
「卯の花の」が「憂き」を導く。
掛詞
「なき」に「鳴き」と「泣き」。

解説

躬恒の歌。

関連

出典

底本
有朋堂文庫『古今和歌集・後撰和歌集』 塚本哲三校訂、有朋堂書店、大正15年(1926)、29頁(コマ28)。正保四年版『八代集』を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日