古今和歌集 巻第三 夏歌 155番
やどりせし
宿にしていた花橘も枯れていないのに、どうしてほととぎすの声が絶えてしまったのだろう。

現代語訳
宿にしていた花橘も枯れていないのに、どうしてほととぎすの声が絶えてしまったのだろう。
意訳
ほととぎすが宿にしていた橘はまだ枯れていないのに、なぜ鳴かなくなったのか、と夏の終わりを惜しむ。
語釈・文法注
- 枯れなくに
- 枯れていないのに。
- など
- どうして。
和歌
- 作者
- 大江千里(おおえのちさと) 生没年未詳(九世紀後半〜十世紀初め)
参議大江音人の子。漢学に通じ、寛平六年(894)に、漢詩の句を題にして和歌を詠んだ『句題和歌(大江千里集)』を宇多天皇に献上した。 - 出典
- 『古今和歌集』巻第三・夏歌・155番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「寛平の御時きさいの宮の歌合の歌」(寛平の御時、后の宮の歌合の歌)。
解説
大江千里の歌。
関連
出典
- 底本
- 有朋堂文庫『古今和歌集・後撰和歌集』 塚本哲三校訂、有朋堂書店、大正15年(1926)、28頁(コマ27)。正保四年版『八代集』を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日