古典ライブラリー

古今和歌集 巻第二 春歌下 96番

いつ迄か

素性法師(そせいほうし)

いつまで野辺に心がさまよい出ているのだろうか。花さえ散らなければ、千年でも過ごしてしまいそうだ。

「いつ迄か」の歌をもとにした情景。いつまで野辺に心がさまよい出ているのだろうか。花さえ散らなければ、千年でも過ごしてしまいそうだ。
「いつ迄か」の歌をもとにした情景。いつまで野辺に心がさまよい出ているのだろうか。花さえ散らなければ、千年でも過ごしてしまいそうだ。
作者
素性(素性法師)
  1. 1春はる春はるはるののの歌うた歌うたうたとてよめるとてよめるとてよめる詞書
  2. 2いついついつ迄まで迄までまでかかか初句
  3. 3野邊のべ野邊のべのべににに心こころ心こころこころののの二句
  4. 4あくがれむあくがれむあくがれむ三句
  5. 5花はな花はなはなししし散ち散ちちらずばらずばらずば四句
  6. 6千代ちよ千代ちよちよももも經へ經へへぬべしぬべしぬべし結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕春の歌として詠んだ歌。

いつまで野辺に心がさまよい出ているのだろうか。花さえ散らなければ、千年でも過ごしてしまいそうだ。

意訳

花に心を奪われて、いつまでも野辺から帰れない。花が散らない限り千年でもここにいるだろう、と花への執着を詠む。

語釈・文法注

あくがれむ
心が身を離れてさまよう。
花し
「し」は強意。
経ぬべし
きっと過ごしてしまうだろう。

和歌

作者
素性法師(そせいほうし) 生没年未詳(九世紀後半〜十世紀初め)
僧正遍昭の子。俗名は良岑玄利(よしみねのはるとし)といい、父の命で出家した。雲林院や大和の石上の良因院に住み、宇多天皇・醍醐天皇の歌会や屏風歌に召された。三十六歌仙の一人。
出典
『古今和歌集』巻第二・春歌下・96番
歌体
短歌
状況
詞書「春の歌とてよめる」(春の歌として詠んだ歌)。

解説

素性法師の歌。花に心を奪われる自分を見つめている。

関連

出典

底本
有朋堂文庫『古今和歌集・後撰和歌集』 塚本哲三校訂、有朋堂書店、大正15年(1926)、18頁(コマ22)。正保四年版『八代集』を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日