百人一首 第50首
君がため
あなたに逢うためなら、惜しくはないと思っていた命さえ、こうして逢えた今は、いつまでも長くあってほしいと思うようになったことだ。

現代語訳
あなたに逢うためなら、捨てても惜しくはないと思っていた命までも、(あなたに逢えた今は)長くあってほしいと思うようになったことよ。
意訳
逢えるなら死んでもいいとまで思っていた。けれど、ついに結ばれた今は、少しでも長く生きて、いつまでもあなたと一緒にいたいと願うようになった。恋によって、命の重さが反転した瞬間を詠んだ歌である。
初めて一夜を過ごした翌朝に贈った「後朝の歌」で、恋の喜びと、生きることへのいとおしさがあふれている。作者の義孝は、この歌を詠んでまもなく、21歳の若さで病に倒れて世を去った。「長くもがな」という願いが叶わなかったことを知ると、この歌の輝きはいっそう切なく響く。
語釈・文法注
- 君がため
- あなたのために。ここでは「あなたに逢うためには」の意。
- をしからざりし
- 惜しくはなかった。「ざり」は打消、「し」は過去の助動詞。
- 命さへ
- 命までも。「さへ」は添加を表す副助詞。
- もがな
- 願望の終助詞。「〜であってほしい」。
文法
- 対比
- 以前の「をしからざりし命」と、今の「長くもがな」と願う命とを対比させる。
- 詠嘆の「かな」
- 「おもひけるかな」で、心の変化に気づいた感慨を表す。
和歌
- 詠者
- 藤原義孝(954–974)
謙徳公藤原伊尹(第45首)の三男。容姿端麗で、仏道に深く帰依した。21歳の若さで天然痘にかかり、兄の挙賢と同じ日に亡くなった。子の藤原行成は、三蹟の一人として知られる能書家となった。中古三十六歌仙の一人。 - 出典
- 『後拾遺和歌集』巻十二・恋二・669(国歌大観番号)
- 状況
- 詞書に「女のもとより帰りてつかはしける」とある。女性のもとから帰ったあとに贈った、後朝の歌。
修辞
- 対比
- 惜しくなかった命と、長くあってほしい命。
解説
『百人一首一夕話』は、後拾遺集に「女のもとより帰りてつかはしける」とあることを記し、義孝が謙徳公の三男であることを伝えている。
義孝は信仰心が篤く、肉食を断ち、法華経を唱えながら亡くなったと伝えられる。『大鏡』には、死後、母の夢に現れて歌を詠んだという話が見える。
義孝の子・行成は、藤原道長の時代に権大納言に至り、小野道風・藤原佐理とともに「三蹟」と称される書の名人となった。
関連
出典
- 底本
- 尾崎雅嘉『百人一首一夕話』 天保4年(1833)刊、巻4。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校合
- 古谷知新編『日本歴史図会』第12輯(百人一首一夕話) 国民図書、大正9–10年。国立国会図書館デジタルコレクション松下大三郎・渡辺文雄編『国歌大観』歌集部 明治34–36年
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日