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源氏物語 第51帖 浮舟(44)

鐘の音の歌

登場人物:中将の君・浮舟・乳母・右近

母の手紙は続けて「人里離れたお住まいで、時々お立ち寄りになる方の御縁者(女二の宮方)もたいそう恐ろしく、ご気分も悪そうでいらっしゃる折も折、夢がこのようなのを、何かと案じております。参りたいのですが、少将の方(異父妹)がやはりたいそう心配な様子で、物の怪めいて苦しんでおりますので、片時も離れることはならぬと、ひどく言われておりまして。その近くの寺でも御誦経をさせなさいませ」と言って、その布施の物や、寺への手紙などを書き添えて持ってきた。最後と思う命の程を知らずに、このように言い続けなさるのもたいそう悲しいと思う。寺へ人を遣わした間に返事を書く。言いたいことは多いが、気が引けてただ、「のちにまたあひ見むことを思はなむこの世のゆめに心まどはで」。誦経の鐘が風に乗って聞こえてくるのを、つくづくと聞きながら臥していらっしゃった。「鐘のおとの絶ゆる響にねをそへて我が世つきぬと君に伝へよ」。寺から巻数を持ってきたのに書きつけて、使いが今夜は帰れないと言うので、物の枝に結びつけて置いた。乳母は「妙に胸騒ぎがするなあ。夢も騒がしいとおっしゃってきた。宿直人はよく仕えよ」と言わせるのを、浮舟は苦しいと聞きながら臥していらっしゃる。「何も召し上がらないのはたいそう妙です。お湯漬けを」などと何かと言うのを、賢ぶっているようだが、たいそう見苦しく年老いて、私がいなくなったらどこへ行くだろうと思いやりなさるのもたいそう哀れである。世の中に生きていられそうにない様子をほのめかして言おうなどとお思いになると、まず胸がつまって、先立つ涙をこらえなさって何も言えない。右近は近くに臥すといって、「このようにばかり物思いをなさると、物思う人の魂は体から抜け出すそうですから、夢も騒がしいのでしょう。どちらかとお決めになって、どうにでもなさいませ」と嘆く。浮舟は着慣れた衣を顔に押し当てて臥していらっしゃったということだ。

  1. 1人ひと人ひとひと離はな離はなはなれれれたるたるたる御おん御おんおん住すま住すますまひひいにてにてにて、、、時々ときどき時々ときどきときどき立た立たたちちちよらよらよらせせせ給たま給たまたまふふう人ひと人ひとひとののの御おん御おんおんゆかりゆかりゆかりももも、、、いといといと恐おそろ恐おそろおそろしくしくしく、、、惱なやま惱なやまなやましげしげしげににに物もの物ものものせせせさせさせさせ給たま給たまたまふふう、、、折をり折をりおりしもしもしも夢ゆめ夢ゆめゆめのののかゝるかゝるかかるををを、、、よろづよろづよろずににになむなむなん思おも思おもおもひひい給たま給たまたまふるふるうる。。。參まゐ參まゐまいりりりこここまほしきまほしきまほしきををを、、、少せう少せうしょう將しやう將しやうしょうののの方かた方かたかたののの猶なほ猶なほなおいといといと心こころ心こころこころもとなげもとなげもとなげににに、、、ものものものゝゝのけけけだちだちだちててて惱なや惱なやなやみみみ侍はべ侍はべはべれれればばば片かた片かたかた時とき時ときときももも立た立たたちちち去さ去ささるるることことことゝゝと、、、いみじくいみじくいみじくいはいはいわれれれ侍はべ侍はべはべりりりてててなむなむなん。。。そのそのその近ちか近ちかちかききき寺てら寺てらてらにににももも御おん御おんおんずずず經きやう經きやうきょうせせせさせさせさせ給たま給たまたまへへえ」」」とてとてとて、、、そのそのその料れう料れうりょうのののものものもの、、、文ふみ文ふみふみなどなどなど書か書かかきききそへそへそえててて持も持ももててて來き來ききたりたりたり。。。限かぎり限かぎりかぎりととと思おも思おもおもふふう命いのち命いのちいのちののの程ほど程ほどほどををを知し知ししらららででで、、、かくかくかくいひいひいいつゞけつゞけつづけ給たま給たまたまへへえるるるもももいといといと悲かな悲かなかなしししととと思おも思おもおもふふう。。。寺てら寺てらてらへへへ人ひと人ひとひとやりやりやりたるたるたる程ほど程ほどほど、、、返かへり返かへりかえり事ごと事ごとごとかくかくかく。。。いはいはいわまほしきまほしきまほしきことことこと多おほ多おほおおかれかれかれどどど、、、つゝましくつゝましくつつましくてててたゞたゞただ、、、「「「のちのちのちにににまたまたまたあひあひあい見み見みみむむんことことことををを思おも思おもおもははわなむなむなんこのこのこの世よ世よよのののゆめゆめゆめににに心こころ心こころこころまどはまどはまどわででで」」」。。。ずきやうずきやうずきょうののの鐘かね鐘かねかねののの風かぜ風かぜかぜにににつきつきつきててて聞きこ聞きこきこえええくるくるくるををを、、、つくづくつくづくつくずくととと聞き聞ききききき臥ふ臥ふふししし給たま給たまたまへへえりりり。。。「「「鐘かね鐘かねかねのののおとおとおとののの絕た絕たたゆるゆるゆる響ひゞき響ひゞきひびきにににねねねをををそへそへそえててて我わ我わわががが世よ世よよ盡つ盡つつきききぬぬぬととと君きみ君きみきみににに傳つた傳つたつたへへえよよよ」」」。。。くわんくわんかんじゆじゆかんじゅ持も持ももててて來き來ききたるたるたるににに書か書かかきききつけつけつけててて、、、こよひこよひこよいははは得え得ええ歸かへ歸かへかえるるるまじまじまじととといへいへいえばばば、、、物もの物ものものののの枝えだ枝えだえだにににゆひゆひゆいつけつけつけててて置お置おおきききつつつ。。。
  2. 2めのとめのとめのと、、、「「「あやしくあやしくあやしく心こゝろ心こゝろこころばしりばしりばしりのののするするするかなかなかな、、、夢ゆめ夢ゆめゆめももも騷さわが騷さわがさわがしくしくしくとととのたまはせのたまはせのたまわせたりたりたりつつつ。。。とのとのとのゐゐいびとびとびとよくよくよく侍さぶら侍さぶらさぶらへへえ」」」ととといはするいはするいわするををを、、、苦くる苦くるくるしししととと聞き聞ききききき臥ふ臥ふふししし給たま給たまたまへへえりりり。。。「「「物もの物ものもの聞きこ聞きこきこししし召め召めめさささぬぬぬいといといとあやしあやしあやし。。。御おん御おんおん湯ゆ湯ゆゆづけづけずけ」」」などなどなどよろづよろづよろずにににいふいふいうををを、、、さかしがるさかしがるさかしがるめれめれめれどどど、、、いといといと見み見みみにくゝにくゝみにくくおいおいおいなりなりなりててて、、、我わ我わわなくなくなくはははいづくいづくいずくにににかかかあらあらあらむむんととと思おも思おもおもひひいやりやりやり給たま給たまたまふふうもももいといといと哀あはれ哀あはれあわれなりなりなり。。。世よ世よよののの中なか中なかなかにににえええありありありはつはつはつまじきまじきまじきさまさまさまをををほのめかしほのめかしほのめかしててていはいはいわむむんなどなどなどおぼすおぼすおぼすにににははは、、、まづまづまず驚おどろ驚おどろおどろかかかささされれれててて、、、さきさきさきだつだつだつ淚なみだ淚なみだなみだをををつゝみつゝみつつみ給たま給たまたまひひいててて物もの物ものものもももいはいはいわれれれずずず。。。右う右うう近こん近こんこん程ほど程ほどほど近ちか近ちかちかくくく臥ふ臥ふふすすすとてとてとて、、、「「「かくかくかくのみのみのみ物もの物ものものをををおもほせおもほせおもおせばばば、、、物もの物ものもの思おも思おもおもふふう人ひと人ひとひとのののたましひたましひたましいはははあくがるあくがるあくがるなるなるなるものものものなれなれなればばば夢ゆめ夢ゆめゆめももも騷さわ騷さわさわがしきがしきがしきならならならむむんかしかしかし。。。いづいづいずかたかたかたとととおぼしおぼしおぼし定さだま定さだまさだまりりりててて、、、いかにいかにいかにもももいかにいかにいかにもももおはしまさおはしまさおわしまさなむなむなん」」」とととうちうちうちなげくなげくなげく。。。なえなえなえたるたるたるきぬきぬきぬををを顏かほ顏かほかおにににおしおしおしあてあてあてゝゝて臥ふ臥ふふししし給たま給たまたまへへえりりりとととなむなむなん。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

「人里離れたお住まいで、時々お立ち寄りになる方の御縁者もたいそう恐ろしく、ご気分も悪そうでいらっしゃる折も折、夢がこのようなのを、何かと案じております。参りたいのですが、少将の方がやはりたいそう心配な様子で、物の怪めいて苦しんでおりますので、片時も離れることはならぬと、ひどく言われておりまして。その近くの寺でも御誦経をさせなさいませ」と言って、その布施の物や、手紙などを書き添えて持ってきた。最後と思う命の程を知らずに、このように言い続けなさるのもたいそう悲しいと思う。寺へ人を遣わした間に返事を書く。言いたいことは多いが、気が引けてただ、「後の世でまた会うことを思ってください。この世の夢に心を惑わさないで」。誦経の鐘が風に乗って聞こえてくるのを、つくづくと聞きながら臥していらっしゃった。「鐘の音の絶える響きに、私の泣く声を添えて、私の命が尽きたと母に伝えておくれ」。巻数を持ってきたのに書きつけて、今夜は帰れないと言うので、物の枝に結びつけて置いた。

乳母は「妙に胸騒ぎがするなあ。夢も騒がしいとおっしゃってきた。宿直人はよく仕えよ」と言わせるのを、苦しいと聞きながら臥していらっしゃる。「何も召し上がらないのはたいそう妙です。お湯漬けを」などと何かと言うのを、賢ぶっているようだが、たいそう見苦しく年老いて、私がいなくなったらどこへ行くだろうと思いやりなさるのもたいそう哀れである。世の中に生きていられそうにない様子をほのめかして言おうなどとお思いになると、まず胸がつまって、先立つ涙をこらえなさって何も言えない。右近は近くに臥すといって、「このようにばかり物思いをなさると、物思う人の魂は体から抜け出すそうですから、夢も騒がしいのでしょう。どちらかとお決めになって、どうにでもなさいませ」と嘆く。着慣れた衣を顔に押し当てて臥していらっしゃったということだ。

意訳

母からの手紙は、浮舟を案じつつも異父妹の出産で行けないと言い、近くの寺で誦経をさせよと布施を送ってくる。浮舟は、最期とも知らず娘を思う母の手紙に悲しみ、後の世での再会を願う歌を返す。誦経の鐘の音を聞きながら、命が尽きたと母に伝えてほしいという歌を巻数に書きつける。乳母は胸騒ぎを覚えて宿直を命じ、浮舟は自分の死後の乳母を思って哀れむ。右近はどちらかに決めればよいと嘆き、浮舟は衣を顔に押し当てて臥していた。

語釈・文法注

文法

「くわんじゆ」(くわんじゆ持て來たるに書きつけて)
巻数。僧が読んだ経の題目や回数を記して施主に送る文書。
「心ばしり」(あやしく心ばしりのするかな)
胸騒ぎ。
「たましひはあくがる」(物思ふ人のたましひはあくがるなるものなれば)
物思いの深い人の魂は体から抜け出してさまようと信じられていた。

解説

母への最後の歌が、誦経の鐘の音とともに詠まれる。母が娘の無事を祈って送った布施の誦経の鐘が、皮肉にも浮舟の死を告げる鐘となる。

浮舟の巻は、浮舟が衣を顔に押し当てて臥す姿で閉じられる。入水の場面そのものは描かれず、読者は次の蜻蛉の巻で、浮舟の失踪を知ることになる。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1152–1154頁(コマ287–288)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日