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源氏物語 第40帖 御法(1)

紫の上の病と出家の願い

登場人物:紫の上・光源氏

紫の上は、ひどく患った後、すっかり病弱になって、どこということもなく患い続けて久しくなった。それほど重い病状ではないが、年月が重なるにつれて頼りなく、いっそう弱々しくなっていくのを、源氏は限りなく嘆く。少しの間でも後に残されることをたまらなく思うが、紫の上自身は、この世に心残りもなく、気がかりな妨げとなる子もいない身なので、無理に引き止めたい命とも思わないが、長年の夫婦の契りが絶えて、源氏を嘆かせることだけを、人知れず心の中で物哀れに思う。来世のためにと尊い仏事を多く行いながら、何とかして本意どおり出家して、少しでも生きている間は勤行に専念したいと言い続けるが、源氏はまったく許さない。実は源氏自身もそう思い始めていたので、このように熱心に思っている機会に誘われて、同じ道に入ろうと思うが、一度家を出たら、かりにもこの世を顧みることはするまいと決めている。来世では同じ蓮の座を分け合おうと約束して頼りにしている仲だが、この世で勤行する間は、同じ山でも峰を隔てて会わない住まいに離れてしまおうとばかり考えていたのに、紫の上がこのように頼りない様子で患っているので、たいそう気の毒な有様を、今はと離れる時には捨てがたく、かえって山水の住まいも濁りそうだと思ってためらううちに、ただ軽はずみな思いのままに道心を起こす人々には、ずっと後れてしまいそうである。紫の上は、源氏の許しなしに自分一人で思い立つのも見苦しく本意でないので、このことで源氏を恨めしく思い、我が身も罪が軽くないのではないかと気がかりに思う。

春の二条院の一室で、病み衰えた紫の上が脇息にもたれ、源氏がそばで心配そうに見守っている場面(AI生成)
春の二条院の一室で、病み衰えた紫の上が脇息にもたれ、源氏がそばで心配そうに見守っている場面
  1. 1紫むらさき紫むらさきむらさきののの上うへ上うへうえいたういたういとう煩わづら煩わづらわずらひひい給たま給たまたまひひいししし御おん御おんおんこゝちこゝちここちののの後のち後のちのち、、、いといといとあつしくあつしくあつしくなりなりなり給たま給たまたまひひいてててそこはかとそこはかとそこはかとなくなくなく惱なや惱なやなやみみみ渡わた渡わたわたりりり給たま給たまたまふふうことことこと久ひさ久ひさひさしくしくしくなりなりなりぬぬぬ。。。いといといとおどろおどろしうおどろおどろしうおどろおどろしゅうはははあらあらあらねねねどどど、、、年とし年としとし月つき月つきつきかさなれかさなれかさなればばばたのもしげたのもしげたのもしげなくなくなくいとゞいとゞいとどあえかあえかあえかににになりなりなりまさりまさりまさり給たま給たまたまへへえるるるををを、、、院ゐん院ゐんいんのののおもほしおもほしおもおし歎なげ歎なげなげくくく事こと事ことことかぎりかぎりかぎりなしなしなし。。。しばししばししばしにてにてにてももも後おく後おくおくれれれ聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまははわむむんことことことをををばばばいみじかるいみじかるいみじかるべくべくべくおぼしおぼしおぼし、、、みづからみづからみずからののの御おん御おんおん心こころ心こころこころちちちにににはははこのこのこの世よ世よよににに飽あ飽ああかかかぬぬぬことことことなくなくなくうしろめたきうしろめたきうしろめたきほだしほだしほだしだにだにだにまじらまじらまじらぬぬぬ御おん御おんおん身み身みみなれなれなればばば、、、あながちあながちあながちにににかけかけかけとゞめとゞめとどめまほしきまほしきまほしき御おん御おんおん命いのち命いのちいのちととともももおぼさおぼさおぼされれれぬぬぬををを、、、年とし年としとし比ごろ比ごろごろののの御おん御おんおん契ちぎり契ちぎりちぎりかけかけかけはなれはなれはなれ思おも思おもおもひひい歎なげ歎なげなげかかかせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむんことことことのみのみのみぞぞぞ、、、人ひと人ひとひとしれしれしれぬぬぬ御心みこころ御心みこころみこころのののうちうちうちにににももも物もの物ものもの哀あはれ哀あはれあわれにににおぼさおぼさおぼされれれけるけるける。。。後のち後のちのちののの世よ世よよのののためためためにににととと尊たふと尊たふととうとききき事こと事ことことどもどもどもををを多おほ多おほおおくくくせせせさせさせさせ給たま給たまたまひひいつゝつゝつつ「「「いかでいかでいかで猶なほ猶なほなおほいほいほいあるあるあるさまさまさまににになりなりなりてててしばししばししばしもももかゝづらはかゝづらはかかずらわむむん命いのち命いのちいのちののの程ほど程ほどほどはははおこなひおこなひおこないをををまぎれまぎれまぎれなくなくなく」」」とととたゆみたゆみたゆみなくなくなく覺おぼ覺おぼおぼしししののの給のたま給のたまのたまへへえどどど更さら更さらさらにににゆるしゆるしゆるし聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまははわずずず。。。
  2. 2さるはさるはさるは我わ我わわががが御心みこころ御心みこころみこころにににもももしかしかしかおぼしおぼしおぼしそめそめそめたるたるたるすぢすぢすじなれなれなればばば、、、かくかくかくねんごろねんごろねんごろににに思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえるるるついでついでついでににに催もよほ催もよほもよおささされれれててて、、、おなじおなじおなじ道みち道みちみちにににももも入い入いいりりりなななむむんとととおぼせおぼせおぼせどどど、、、一ひと一ひとひと度たび度たびたび家いへ家いへいえををを出い出いいででで給たま給たまたまひひいなななばばば假かり假かりかりにににもももこのこのこの世よ世よよををを顧かへり顧かへりかえりみみみむむんとととはははおぼしおぼしおぼしおきておきておきてずずず。。。後のち後のちのちののの世よ世よよにににはははおなじおなじおなじ蓮はちす蓮はちすはちすののの座ざ座ざざををを分わ分わわけけけむむんととと契ちぎ契ちぎちぎりりりかはしかはしかわし聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいてててたのみたのみたのみをををかけかけかけ給たま給たまたまふふう御おん御おんおん中なか中なかなかなれなれなれどどど、、、こゝこゝここながらながらながらつとめつとめつとめ給たま給たまたまははわむむん程ほど程ほどほどははは、、、おなじおなじおなじ山やま山やまやまなりなりなりともともとも峰みね峰みねみねををを隔へだ隔へだへだてててゝゝてあひあひあい見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららぬぬぬすみかすみかすみかにににかけかけかけはなれはなれはなれなななむむん事こと事ことことをををのみのみのみおぼしおぼしおぼしまうけまうけもうけたるたるたるににに、、、かくかくかくいといといとたのもしげたのもしげたのもしげなきなきなきさまさまさまににに惱なや惱なやなやみみみあついあついあつい給たま給たまたまへへえばばば、、、いといといと心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしきしきしき御おん御おんおん有あり有ありあり樣さま樣さまさまををを今いま今いまいまはははとととゆきゆきゆき離はな離はなはなれれれむむんきざみきざみきざみにににははは捨す捨すすてててがたくがたくがたく、、、なかなかなかなかなかなか山やま山やまやま水みづ水みづみずのののすみかすみかすみか濁にご濁にごにごりりりぬぬぬべくべくべくおぼしおぼしおぼしとゞこほるとゞこほるとどこおるほどほどほどににに、、、唯ただ唯ただただうちうちうちあざへあざへあざえたるたるたる思おも思おもおもひひいのののまゝまゝままののの道だう道だうどう心しん心しんしん起おこ起おこおこすすす人々ひとびと人々ひとびとひとびとにににはははこよなうこよなうこよのうおくれおくれおくれ給たま給たまたまひひいぬぬぬべかべかべかめりめりめり。。。御おん御おんおんゆるしゆるしゆるしなくなくなくててて心こころ心こころこころひとつひとつひとつにににおぼしおぼしおぼしたゝたゝたたむむんもももさまさまさまあしくあしくあしくほいほいほいなきなきなきやうやうようなれなれなればばばこのこのこの事こと事ことことににによりよりよりてててぞぞぞ女をんな女をんなおんな君ぎみ君ぎみぎみもももうらめしくうらめしくうらめしく思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいけるけるける我わ我わわががが御おん御おんおん身み身みみをををももも罪つみ罪つみつみ輕かる輕かるかるかるかるかるまじきまじきまじきにににやややととと後うしろ後うしろうしろめたくめたくめたくおぼさおぼさおぼされれれけりけりけり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

紫の上は、ひどくお患いになったご病気の後、たいそう病弱におなりになって、どこということもなく患い続けていらっしゃることが久しくなった。たいそう重い病状ではないけれど、年月が重なるので、頼りなく、いっそう弱々しくなっていかれるのを、院(源氏)がお嘆きになることは限りない。少しの間でも後に残され申し上げなさることを、たまらなくお思いになるが、紫の上ご自身のお心では、この世に心残りもなく、気がかりな妨げとなる子さえ交じっていない御身なので、無理に引き止めておきたいお命ともお思いにならないのに、長年のご夫婦の契りが絶えて、源氏をお嘆かせ申し上げることだけを、人知れないお心の内でも、物哀れにお思いになるのだった。来世のためにと、尊い仏事を多くおさせになりながら、「何とかしてやはり本意どおりの姿(尼)になって、少しの間でもかかずらっている命のある間は、勤行に専念したい」と、たゆみなくお思いになり、おっしゃるけれど、源氏はまったくお許し申し上げなさらない。

実のところ、源氏ご自身のお心にも、そのように思い始めていらっしゃる筋なので、このように熱心にお思いになっている機会に誘われて、同じ道に入ってしまおうとお思いになるが、一度家をお出になったなら、かりにもこの世を顧みようとはお決めにならない。来世では同じ蓮の座を分け合おうと約束し合いなさって、頼りにしていらっしゃるお二人の仲だが、この世にいながら勤行なさる間は、同じ山であっても、峰を隔てて会い申し上げない住まいに離れてしまおうとばかりお考えになっていたのに、紫の上がこのようにたいそう頼りない様子で患っていらっしゃるので、たいそうお気の毒なご様子を、今はと離れていく時には捨てがたく、かえって山水の住まいも濁ってしまいそうにお思いになってためらっていらっしゃるうちに、ただ軽はずみな思いのままに道心を起こす人々には、この上なく後れておしまいになりそうである。紫の上は、源氏のお許しなしにご自分の心一つで思い立ちなさるのも見苦しく、本意でないようなので、このことによって、女君も源氏を恨めしくお思い申し上げなさった。我が御身をも、罪が軽くないのではないかと、気がかりにお思いになるのだった。

意訳

紫の上は病弱になり、源氏との別れだけを悲しく思いながら出家を願うが、源氏は許さない。

源氏も出家を思うが紫の上を捨てがたくためらい、紫の上は許されないことを恨めしく思う。

語釈・文法注

文法

「あつし」(いとあつしくなり給ひて)
病気がちである、病弱である。
「おなじ蓮の座」(後の世にはおなじ蓮の座を分けむと)
極楽で同じ蓮の台に生まれること。一蓮托生。
「うちあざへたる」(唯うちあざへたる思ひのまゝの道心)
浅はかで軽はずみな、の意とされる。

解説

御法の巻は、紫の上の最晩年を描く。若菜下の巻で重く患って以来、紫の上は病弱になり、出家を願い続けるが、源氏は許さない。子のない紫の上にとって、この世への心残りは源氏との別れだけである。

源氏もまた出家を願うが、紫の上を捨てることができない。源氏の愛情が、紫の上の最後の願いを妨げている。愛し合う二人が、それぞれの思いのためにすれ違う悲しさが、静かに描かれている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、812–813頁(コマ117)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日