源氏物語 第26帖 常夏(10)
近江の君の手紙
近江の君は、まず女御に手紙を送る。古歌の言葉をつぎはぎした手紙に、常陸、駿河、田子の浦など、関係のない歌枕を詠み込んだ歌を添え、青い色紙に草仮名がちの癖のある字で書いて、撫子の花に結んでいる。女御は、草仮名が読めないのか、本末がわからないと言って、女房の中納言の君に返事を代筆させる。中納言の君は、近江の君の歌をまねて、地名を並べた歌を作り、女御は自分が詠んだと思われては困ると気にする。近江の君は返事を喜び、「待つ」と言ってくださったと、香を何度もたきしめ、紅を赤くつけて身づくろいをする。

- 1まづまづまず御御おん文文ふみ奉奉たてまつれれれ給給たまふふう。。。「「「葦葦あし垣垣がきのののままま近近じかききき程程ほどにににははは侍侍さぶらひひいながらながらながら今今いままでまでまで影影かげふむふむふむばかりばかりばかりのののしるししるししるしももも侍侍はべらららぬぬぬははは勿來勿來なこそののの關關せきをををやややすゑすゑすえさせさせさせ給給たまひひいつつつらむらむらんとととなむなむなん。。。知知しらららねねねどもどもども武藏武藏むさし野野のととといへいへいえばばば、、、かしこけれかしこけれかしこけれどもどもどもあなあなあなかしこかしこかしこやややあなあなあなかしこかしこかしこややや」」」ととと點點てんがちがちがちにてにてにて、、、
- 2うらうらうらにににははは「「「誠誠まことにににややや暮暮くれにににももも參參まいりりりこここむむんととと思思おもひひい給給たまへへえたつたつたつはははいとふいとふいとうにににはゆるはゆるはゆるにににややや。。。いでいでいでやややいでいでいでややや怪怪あやしきしきしきはははみなせみなせみなせ川川がわにににををを」」」とてとてとて、、、
- 3又又またはしはしはしにににかくかくかくぞぞぞ「「「草草くさわかわかわかみみみひたちひたちひたちののの海海うみのののいかゞいかゞいかがさきさきさきいかでいかでいかであひあひあい見見みむむんたごたごたごののの浦浦うら浪浪なみ。。。大大おお川川かわ水水みずののの」」」ととと靑靑あおききき色色しき紙紙しひとひとひとかさねかさねかさねににに、、、いといといとさうさうそうがちがちがちにににいかれいかれいかれるるる手手てのののそのそのそのすぢすぢすじとととももも見見みえええずずずたゞよひたゞよひただよいたるたるたる書書かきききざまざまざまももも、、、しもじしもじしもじながながながにににわりなくわりなくわりなくよしよしよしばめばめばめりりり。。。
- 4くだりくだりくだりののの程程ほどはははしししざまざまざまにににすぢかひすぢかひすじかいてててたふれたふれたおれぬぬぬべくべくべく見見みゆるゆるゆるををを、、、打打うちちちゑみゑみえみつゝつゝつつ見見みててて、、、さすがさすがさすがにににいといといと細細ほそくくく小小ちいさくくく卷卷まききき結結むすびびびててて罌麥罌麥なでしこののの花花はなにににつけつけつけたりたりたり。。。
- 5ひすましひすましひすましわらはわらはわらわゝゝはしもしもしもいといといと馴馴なれれれてててきよげきよげきよげなるなるなる今今いままゐりまゐりまいりなりなりなりけりけりけり。。。女御女御にようごののの御御おん方方かたののの臺臺だい盤盤ばん所所どころににによりよりよりててて、、、「「「これこれこれ參參まいらららせせせ給給たまへへえ」」」ととといふいふいう。。。
- 6しもづかへしもづかへしもづかえ見見み知知しりりりててて北北きたののの對對たいににに侍侍さぶらふらふらうわらはわらはわらわなりなりなりけりけりけりとてとてとて御御おん文文ふみ取取とりりりいるいるいるたいふたいふたいふののの君君きみととといふいふいう人人ひともてもてもて參參まいりりりてててひきひきひきときときときててて御覽御覽ごらんせせせさすさすさす。。。
- 7女御女御にようごほゝゑみほゝゑみほほえみててて打打うちちち置置おかかかせせせ給給たまへへえるるるををを、、、中納言中納言ちゅうなごんののの君君きみととといふいふいういといといと近近ちこううう侍侍さぶらひひいてててそばそばそばそばそばそば見見みけりけりけり。。。「「「いといといと今今いまめかしきめかしきめかしき御御おん文文ふみののの氣色氣色けしきにににももも侍侍はべるるるかなかなかな」」」とととゆかしげゆかしげゆかしげににに思思おもひひいたれたれたればばば、、、「「「さうさうそうののの文字文字もじはははえええ見見み知知しらららねねねばばばにににやややあらあらあらむむん。。。本本もと末末すえなくなくなくももも見見みゆるゆるゆるかなかなかな」」」とてとてとて給給たまへへえりりり。。。
- 8「「「返事返事かえりごと、、、かくかくかくゆゑゆゑしからゆゑゆゑしからゆえゆえしからずずずばばば輕輕かろしししとととややや思思おもひひいおとさおとさおとされれれなむなむなんややや」」」とてとてとて、、、「「「書書かききき給給たまへへえ」」」ととと讓讓ゆずりりり給給たまふふうもてもてもて出出いでででゝゝてこそこそこそあらあらあらねねね、、、若若わかききき人々人々びとはははものものものをかしうをかしうおかしゅうててて皆皆みなうちうちうち笑笑わらひひいぬぬぬ。。。
- 9御御おん返返かえりりり乞乞こへへえばばば、、、「「「をかしきをかしきおかしきことことことのののすぢすぢすじにににのみのみのみまつはれまつはれまつわれててて侍侍はべるるるめれめれめればばば聞聞きこえええさせさせさせにくゝにくゝにくくこそこそこそ。。。めきめきめきてててははは、、、いとほしからいとほしからいとおしからむむん」」」とてとてとて、、、唯唯ただ御御おん文文ふみめきめきめきてててかくかくかく。。。「「「近近ちかきききしるししるししるしなきなきなきおぼつかなさおぼつかなさおぼつかなさはははうらめしくうらめしくうらめしく
- 10ひたちひたちひたちなるなるなるするがするがするがののの海海うみのののすますますまののの浦浦うらににになみなみなみ立立たちちちいでいでいでよよよ箱崎箱崎はこざきののの松松まつ」」」ととと書書かきききててて讀讀よみみみ聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、「「「あなあなあなうたてうたてうたて、、、誠誠まことににに自自みずからららのののにににもももこそこそこそいひいひいいなせなせなせ」」」とととかたはらいたげかたはらいたげかたわらいたげにににおぼいおぼいおぼいたれたれたれどどど、、、「「「それそれそれははは聞聞きかかかむむん人人ひと辨辨わきまへへえ侍侍はべりりりなむなむなん」」」とてとてとて、、、押押おししし包包つつみみみててて出出いだしししつつつ。。。
- 11御御おん方方かたみてみてみて、、、「「「をかしをかしおかしののの御御おん口口くちつきつきつきややや。。。まつまつまつとととののの給給たまへへえるるるををを」」」とてとてとて、、、いといといとあまえあまえあまえたるたるたるたきものたきものたきものゝゝの香香かをををかへすがへすかへすがへすかえすがえすたきたきたきしめしめしめ居居い給給たまへへえりりりべにべにべにととといふいふいうものものものいといといと赤赤あからからからかにににかいかいかいつけつけつけててて髮髮かみけづりけづりけずりつくろひつくろひつくろい給給たまへへえるるる、、、さるさるさる方方かたににににぎはゝしうにぎはゝしうにぎわわしゅう愛敬愛敬あいきょうづきづきずきたりたりたり御御おん對面對面たいめんのののほどほどほどさしさしさしすぐいすぐいすぐいたるたるたることことことゞゞどもももあらあらあらむむんかしかしかし。。。
現代語訳
近江の君は、まず女御にお手紙を差し上げなさる。「葦垣の間近い所にお仕えしておりながら、今まで影を踏むほどのお近づきのしるしもございませんのは、勿来の関でもお据えになったのかと存じまして。存じ上げませんけれど、武蔵野と申しますので、恐れ多いことですが、あなかしこ、あなかしこ」と、点を打ちがちにして、
裏には、「本当に、今夕にも参上しようと思い立ちますのは、嫌がられるとかえって募るのでしょうか。いやいや、変なのは、水無瀬川で」と書いて、
また端に、このように、「若草のように若い私ですが、常陸の海の伊香賀崎、どうかしてお会いしたいものです、田子の浦波のように。大川水の」と、青い色紙一重ねに、たいそう草仮名がちに、角張った筆跡の、どの流儀とも見えない、ふらふらした書きぶりも、しの字を長く引いて、むやみに気取っている。
行の具合は端の方に斜めになって、倒れそうに見えるのを、近江の君はにこにこしながら見て、さすがにたいそう細く小さく巻き結んで、撫子の花につけた。
樋洗しの女童は、たいそうもの慣れていてこぎれいな新参者であった。女御の御方の台盤所に寄って、「これを差し上げてください」と言う。
下仕えの者が見知っていて、北の対にお仕えする女童だったと、お手紙を受け取った。大輔の君という人が持って参って、ほどいてご覧に入れる。
女御はほほえんで置きなさったのを、中納言の君という、たいそう近くお仕えしている女房が、横からちらちらと見た。「たいそう今風のお手紙の様子でございますね」と、見たそうに思っているので、女御は「草仮名の文字は読めないからでしょうか、本末もわからないように見えます」と言ってお渡しになった。
「お返事は、このように由緒ありげにしなければ、軽く見下されるのではないかしら」と言って、「書いてください」とお譲りになる。表には出さないけれど、若い女房たちは何となくおかしくて、皆笑ってしまった。
使いがお返事を求めるので、中納言の君は「面白い言葉の筋ばかりにこだわっているようですので、お返事申し上げにくいですわ。宣旨書きめいては、気の毒でしょう」と言って、ただ女御のお手紙らしく書く。「近くにいるしるしもない心もとなさは恨めしく、
常陸にある駿河の海の須磨の浦に、波よ立ち出でよ、箱崎の松」と書いて読んで聞かせると、女御は「まあいやだ、本当に私自身のものと言いなされたら困るわ」と、気がひけるようにお思いになったけれど、「それは聞く人がわきまえましょう」と言って、包んで出した。
近江の君の方では、それを見て、「面白いお歌いぶりだこと。『待つ』とおっしゃっているのに」と言って、たいそう甘ったるい薫物の香を何度もたきしめていらっしゃる。紅というものをたいそう赤々とつけて、髪をとかして身づくろいしていらっしゃるのは、それなりににぎやかで愛嬌がある。ご対面の折には、出過ぎたことなどもあるだろうよ。
意訳
近江の君は、古歌の言葉をつぎはぎした手紙に、無関係な歌枕を並べた歌を添えて、女御に送る。女御は、草仮名が読めないと言って、中納言の君に返事を代筆させる。
中納言の君は、近江の君の歌をまねて歌枕を並べた返歌を作る。近江の君は、「待つ」と言ってくださったと喜び、香をたきしめ、紅を赤くつけて身づくろいをする。
語釈・文法注
- せんじがき
- 宣旨書き。主人の代わりに女房が書く手紙。代筆であることがわかるように書く。中納言の君は、あえて女御自身が書いたように見せる。
文法
- 推量の「つらむ」(すゑさせ給ひつらむ)
- 「お据えになったのだろう」。
- 「もこそ」(自らのにもこそいひなせ)
- 「私自身のものと言いなされたら困る」。危惧を表す。
和歌
草わかみひたちの海のいかゞさきいかであひ見むたごの浦浪
- 詠者
- 近江の君
- 状況
- 女御に贈った歌。若草のように若い私ですが、常陸の海の伊香賀崎、どうかしてお会いしたいものです、田子の浦波のように。
修辞
- 歌枕の羅列
- 常陸、伊香賀崎(近江)、田子の浦(駿河)と、無関係な歌枕を並べ、「いかゞ」「いかで」の音を重ねる。歌の体をなさない滑稽な歌。
ひたちなるするがの海のすまの浦になみ立ちいでよ箱崎の松
- 詠者
- 中納言の君(女御の代作)
- 状況
- 近江の君への返歌。近江の君の歌をまねて、常陸、駿河、須磨、箱崎と歌枕を並べたもの。常陸にある駿河の海の須磨の浦に、波よ立ち出でよ、箱崎の松(待つ)。
修辞
- 掛詞
- 「松」に「待つ」をかける。近江の君は、これを「待っている」という意味に受け取って喜ぶ。
解説
近江の君の手紙は、古歌の言葉をむやみにつぎはぎし、地名を羅列した滑稽なものである。女房たちの失笑を誘う場面は、教養のない者が教養を気取る滑稽さを描いている。
中納言の君の返歌は、近江の君の歌をまねたからかいであったが、近江の君はそれを好意と受け取って喜ぶ。常夏の巻は、近江の君の無邪気な喜びを描いて終わり、次の篝火、さらに行幸の巻へと続く。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、490–491頁(コマ250)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日