古典ライブラリー

源氏物語 第19帖 薄雲(7)

藤壺の死

登場人物:藤壺・光源氏・冷泉帝

藤壺は、高い宿世に恵まれながらも、人に勝る悩みを抱えた生涯を振り返り、冷泉帝が出生の秘密を知らないことだけを気がかりに思う。源氏は几帳のそばに寄り、藤壺は源氏の後見に感謝の言葉をほのかに伝える。源氏が答えるうちに、藤壺は灯火が消えるように亡くなる。藤壺は人々の苦しみとなることを避け、心深い功徳を積んだ人として、山伏までもがその死を惜しむ。源氏は桜を見て嘆き、念誦堂に籠もって泣き暮らし、夕日に照らされた薄雲を見て歌を詠む。

春の夕暮れ、念誦堂に籠もった源氏が、山際にたなびく薄雲を眺めて亡き藤壺をしのぶ場面(AI生成)
春の夕暮れ、念誦堂に籠もった源氏が、山際にたなびく薄雲を眺めて亡き藤壺をしのぶ場面
  1. 1宮みや宮みやみやいといといと苦くる苦くるくるしうしうしゅうてててはかばかしうはかばかしうはかばかしゅう物もの物ものものももも聞きこ聞きこきこえええさせさせさせ給たま給たまたまははわずずず。。。御心みこころ御心みこころみこころののの中うち中うちうちにににおぼしおぼしおぼしつゞくるつゞくるつづくるににに高たか高たかたかききき宿世すくせ宿世すくせすくせ世よ世よよのののさかえさかえさかえももも並なら並ならならぶぶぶ人ひと人ひとひとなくなくなく心こころ心こころこころののの中うち中うちうちにににあかあかあかずずず思おも思おもおもふふうことことことももも人ひと人ひとひとにににまさりまさりまさりけるけるける身み身みみとととおぼしおぼしおぼし知し知ししらららるるる。。。
  2. 2上うへ上うへうえののの夢ゆめ夢ゆめゆめののの中うち中うちうちにににもももかゝるかゝるかかる事こと事ことことののの心こころ心こころこころををを知し知ししらららせせせ給たま給たまたまははわぬぬぬをををさすがさすがさすがににに心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしうしうしゅう見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららせせせ給たま給たまたまひひいてててこれこれこれのみのみのみぞぞぞ後うしろ後うしろうしろめたくめたくめたくむすぼゝれむすぼゝれむすぼおれたるたるたることことことにににおぼしおぼしおぼし置お置おおかかかるるるべきべきべき心地ここち心地ここちここちししし給たま給たまたまひひいけるけるける。。。
  3. 3大臣おとど大臣おとどおとどはははおほやけおほやけおおやけがたがたがたざまざまざまにてにてにてもももかくかくかくやんごとなきやんごとなきやんごとなき人ひと人ひとひとのののかぎりかぎりかぎりうちうちうち續つづ續つづつづききき失う失ううせせせ給たま給たまたまひひいなむなむなんことことことををを人ひと人ひとひと知し知ししれれれずずずおぼしおぼしおぼし歎なげ歎なげなげくくく。。。人ひと人ひとひと知し知ししれれれぬぬぬ哀あはれ哀あはれあわれはははたたた限かぎ限かぎかぎりりりなくなくなくててて御おん御おんおんいのりいのりいのりなどなどなどおぼしおぼしおぼしよらよらよらぬぬぬことことことなしなしなし。。。
  4. 4年頃としごろ年頃としごろとしごろ思おぼ思おぼおぼししし絕た絕たたえええたりたりたりつるつるつるすぢすぢすじさへさへさへ今いま今いまいま一度ひとたび一度ひとたびひとたび聞きこ聞きこきこえええずずずなりなりなりぬるぬるぬるがががいみじくいみじくいみじくおぼさおぼさおぼさるれるれるればばば近ちか近ちかちかききき御おん御おんおん几帳きちやう几帳きちやうきちょうのののもともともとににによりよりよりててて御おん御おんおん有樣ありさま有樣ありさまありさまなどなどなどもももさるべきさるべきさるべき人々びと人々びとびとににに問と問ととひひい聞き聞ききききき給たま給たまたまへへえばばば親した親したしたしきしきしきかぎりかぎりかぎり侍さぶら侍さぶらさぶらひひいてててこまかこまかこまかににに聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。
  5. 5月頃つきごろ月頃つきごろつきごろ惱なや惱なやなやままませせせ給たま給たまたまへへえるるる御おん御おんおん心ここ心ここここちちちににに御おん御おんおんおこなひおこなひおこないををを時とき時ときときのののまままもももたゆまたゆまたゆませせせ給たま給たまたまははわずずずせせせさせさせさせ給たま給たまたまふふうつもりつもりつもりのののいとゞいとゞいとどいたういたういとうくづほれくづほれくずおれさせさせさせ給たま給たまたまへへえるるるにににこのこのこの頃ころ頃ころころとととなりなりなりてててははは柑子かうじ柑子かうじこうじなどなどなどをををだにだにだに觸ふ觸ふふれれれさせさせさせ給たま給たまたまははわずずずなりなりなりにににたれたれたればばば賴たの賴たのたのみみみ所ところ所ところところなくなくなくならならならせせせ給たま給たまたまひひいにににたるたるたる事こと事ことことととと歎なげ歎なげなげくくく人々びと人々びとびとおほかりおほかりおおかり。。。
  6. 6「「「院ゐん院ゐんいんののの御おん御おんおん遺言ゆいごん遺言ゆいごんゆいごんにににかなひかなひかないててて、、、內うち內うちうちののの御おん御おんおん後見うしろみ後見うしろみうしろみ仕つか仕つかつこうううまつりまつりまつり給たま給たまたまふふう事こと事ことこと年頃としごろ年頃としごろとしごろ思おも思おもおもひひい知し知ししりりり侍はべ侍はべはべるるる事こと事ことこと多おほ多おほおおかれかれかれどどど、、、何なに何なになににににつけつけつけてててかかかはははそのそのその心こころ心こころこころよせよせよせ殊こと殊ことことなるなるなるさまさまさまをををももも漏もら漏もらもらししし聞きこ聞きこきこえええむむんとととのみのみのみ、、、長閑のどか長閑のどかのどかににに思おも思おもおもひひい侍はべ侍はべはべりりりけるけるけるををを、、、今いま今いまいまなむなむなん哀あはれ哀あはれあわれににに口惜くちを口惜くちをくちおしくしくしく」」」とととほのかほのかほのかにににのののたまはするたまはするたまわするもももほのぼのほのぼのほのぼの聞きこ聞きこきこゆるゆるゆるににに
  7. 7御おん御おんおんいらへいらへいらえももも聞きこ聞きこきこえええやりやりやり給たま給たまたまははわずずず泣な泣ななききき給たま給たまたまふふうさまさまさまいといといといみじいみじいみじ。。。などなどなどかうかうこうしもしもしも心こころ心こころこころ弱よわ弱よわよわきききさまさまさまにににととと人ひと人ひとひとめめめをををおぼしおぼしおぼしかへせかへせかえせどどど古いにし古いにしいにしへへえよりよりよりののの御おん御おんおん有樣ありさま有樣ありさまありさまををを大方おほかた大方おほかたおおかたののの世よ世よよにににつけつけつけてててもももあたらしくあたらしくあたらしく惜を惜をおしきしきしき人ひと人ひとひとのののさまさまさまををを心こころ心こころこころにににかなふかなふかなうわざわざわざならならならねねねばばばかけかけかけとゞめとゞめとどめ聞きこ聞きこきこえええむむん方かた方かたかたなくなくなくいふかひなくいふかひなくいうかいなくおぼさるゝおぼさるゝおぼさるる事こと事ことこと限かぎり限かぎりかぎりなしなしなし。。。
  8. 8「「「はかばかしからはかばかしからはかばかしからぬぬぬ身み身みみながらながらながらももも、、、昔むかし昔むかしむかしよりよりより御おん御おんおん後見うしろみ後見うしろみうしろみ仕つか仕つかつこうううまつるまつるまつるべきべきべきことことことををを心こころ心こころこころののの至いた至いたいたるるるかぎりかぎりかぎりはははおろかおろかおろかならならならずずず思おも思おもおもひひい給たま給たまたまふるふるうるにににおほきおほきおおきおとゞおとゞおとどのののかくれかくれかくれ給たま給たまたまひひいぬるぬるぬるをををだにだにだに世よ世よよののの中なか中なかなか心こころ心こころこころあわたゞしくあわたゞしくあわただしく思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえらるゝらるゝらるるににに又また又またまたかくかくかくおはしませおはしませおわしませばばばよろづよろづよろずににに心こころ心こころこころ亂みだ亂みだみだれれれ侍はべ侍はべはべりりりててて世よ世よよににに侍はべ侍はべはべらららむむんことことことももも殘のこり殘のこりのこりなきなきなき心地ここち心地ここちここちなむなむなんししし侍はべ侍はべはべるるる」」」
  9. 9ととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう程ほど程ほどほどににに燈火ともしび燈火ともしびともしびなどなどなどののの消き消ききえええ入い入いいるるるやうやうようにてにてにてはてはてはて給たま給たまたまひひいぬれぬれぬればばばいふかひなくいふかひなくいうかいなく悲かな悲かなかなしきしきしき事こと事ことことをををおぼしおぼしおぼしなげくなげくなげく。。。
  10. 10かしこきかしこきかしこき御身おほんみ御身おほんみおんみののの程ほど程ほどほどととと聞きこ聞きこきこゆるゆるゆる中なか中なかなかにににももも御心こころ御心こころこころばへばへばえなどなどなどののの世よ世よよのののためためためにににももも普あまね普あまねあまねくくく哀あはれ哀あはれあわれにににおはしましおはしましおわしましててて、、、にににことよせことよせことよせててて人ひと人ひとひとののの愁うれへ愁うれへうれえとととあるあるあることことことなどなどなどもももおのづからおのづからおのずからうちうちうちまじるまじるまじるををを聊いささか聊いささかいささかもももさやうさやうさようなるなるなる事こと事ことことのののみだれみだれみだれなくなくなく、、、人ひと人ひとひとののの仕つか仕つかつこうううまつるまつるまつることことことをををももも世よ世よよのののくるしびくるしびくるしびとととあるあるあるべきべきべき事こと事ことことをををばばばとゞめとゞめとどめ給たま給たまたまふふう。。。
  11. 11功德くどく功德くどくくどくののの方かた方かたかたとととてててもももすゝむるすゝむるすすむるににによりよりより給たま給たまたまひひいててて、、、いかめしういかめしういかめしゅう珍めづら珍めづらめずらしうしうしゅうししし給たま給たまたまふふう人ひと人ひとひとなどなどなど昔むかし昔むかしむかしのののさかしきさかしきさかしき世よ世よよにににももも皆みな皆みなみなありありありけるけるけるををを、、、これこれこれはははさやうさやうさようなるなるなる事こと事ことことなくなくなく唯ただ唯ただただもとよりもとよりもとよりのののたからたからたから物もの物ものもの、、、えええ給たま給たまたまふふうべきべきべきつかさつかさつかさ、、、かうぶりかうぶりこうぶり、、、みみみ封ふ封ふふのののものものものゝゝのさるべきさるべきさるべきかぎりかぎりかぎりしししててて、、、誠まこと誠まことまことににに心こころ心こころこころ深ふか深ふかふかききき事こと事ことことどもどもどものののかぎりかぎりかぎりをををしししおかおかおかせせせ給たま給たまたまへへえれれればばば何なに何なになにとととわくわくわくまじきまじきまじき山伏やまぶし山伏やまぶしやまぶしなどなどなどまでまでまで惜をし惜をしおしみみみ聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。
  12. 12をさめをさめおさめ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるにににももも世よ世よよののの中なか中なかなかひゞきひゞきひびきててて悲かな悲かなかなしししととと思おも思おもおもははわぬぬぬ人ひと人ひとひとなしなしなし。。。殿上人てんじやうびと殿上人てんじやうびとてんじょうびとなどなどなどなべてなべてなべてひとつひとつひとつ色いろ色いろいろににに黑くろ黑くろくろみみみわたりわたりわたりててて物もの物ものもののののはえはえはえなきなきなき春はる春はるはるののの暮くれ暮くれくれなりなりなり。。。
  13. 13二條院にでうのゐん二條院にでうのゐんにじょういんののの御おん御おんおんまへまへまえののの櫻さくら櫻さくらさくらををを御覽ごらん御覽ごらんごらんじじじてててももも花はな花はなはなののの宴えん宴えんえんののの折をり折をりおりなどなどなど思おぼ思おぼおぼししし出い出いいづづず。。。「「「今年ことし今年ことしことしばかりばかりばかりはははとととひとりごちひとりごちひとりごち給たま給たまたまひひいててて人ひと人ひとひとののの見み見みみ咎とが咎とがとがめめめつつつべけれべけれべければばば御おん御おんおん念ねん念ねんねんずずず堂だう堂だうどうににに籠こも籠こもこもりりり居ゐ居ゐい給たま給たまたまひひいててて日一日ひひとひ日一日ひひとひひひとい泣な泣ななききき暮くら暮くらくらししし給たま給たまたまふふう。。。
  14. 14夕日ゆふひ夕日ゆふひゆうひ華はな華はなはなやかやかやかにににさしさしさしててて山際やまぎは山際やまぎはやまぎわののの木こ木ここずえずえずえあらはあらはあらわなるなるなるににに雲くも雲くもくもののの薄うす薄うすうすくくく渡わた渡わたわたれれれるるるがががにびにびにび色いろ色いろいろなるなるなるををを何事なにごと何事なにごとなにごとももも御おん御おんおん目め目めめとゞまらとゞまらとどまらぬぬぬ頃ころ頃ころころなれなれなれどどどいといといと物もの物ものもの哀あはれ哀あはれあわれにににおぼさおぼさおぼさるるる。。。「「「入日いりひ入日いりひいりひさすさすさす峯みね峯みねみねにににたなびくたなびくたなびくうすうすうす雲ぐも雲ぐもぐもはははものものものおもふおもふおもう袖そで袖そでそでにににいろいろいろやややまがへまがへまがえるるる」」」。。。人ひと人ひとひと聞き聞ききかかかぬぬぬ所ところ所ところところなれなれなればばばかひかひかいなしなしなし。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

宮(藤壺)はたいそう苦しくて、はっきりとはものも申し上げなさらない。お心の中で思い続けなさると、高い宿縁も、世の栄華も並ぶ人がなく、心の中で満たされない思いも、人にまさった身であったとお感じになる。帝が夢の中でも、このような事情をご存じないのを、さすがに心苦しく拝見なさって、これだけが気がかりで、心に結ぼれたこととして、この世に思い残すことになりそうな気がなさった。

大臣(源氏)は、朝廷のためにも、このように高貴な方々ばかりが続いて亡くなりそうなことを、人知れずお嘆きになる。人知れぬ悲しみもまた限りなくて、ご祈祷など、思いつかないことはない。長年思い絶っていたあの恋の筋のことまで、もう一度申し上げられずに終わるのがひどく悲しくお思いになるので、近くの御几帳のそばに寄って、ご容体などを、しかるべき人々に尋ねなさると、親しい女房たちだけがお仕えしていて、細かく申し上げる。

「何か月もご病気でいらっしゃったお体で、ご勤行を時の間も怠らずになさっていた積み重ねで、いっそうひどく衰弱なさっていたうえに、このごろになっては、柑子などさえ口になさらなくなってしまったので、頼みもなくおなりになってしまったことです」と嘆く人々が多い。

宮は「故院のご遺言どおりに、帝のご後見をしてくださることを、長年ありがたく思っておりましたが、何につけてその感謝の気持ちを格別にお伝えしようかとばかり、のんびりと思っておりましたのに、今になって悲しく残念で」と、ほのかにおっしゃるのも、かすかに聞こえるので、源氏はお返事も申し上げきれずにお泣きになる様子は、たいそう痛ましい。

どうしてこうも気弱な様子をと、人目を気にして思い返しなさるけれど、昔からのご様子を、世間一般のことにつけても、惜しく残念な方のご様子なのに、思うようにはならないことなので、お引き止め申し上げる方法もなく、言っても仕方なくお思いになることは限りない。

源氏は「至らない身ながらも、昔から帝のご後見をお務めすべきことを、心の及ぶ限りはおろそかにせずに存じておりますが、太政大臣がお亡くなりになったのさえ、世の中が心落ち着かなく思われますのに、またこのようなご容体でいらっしゃいますので、何かと心が乱れまして、この世に長くおりますことも残り少ない気持ちがいたします」と申し上げなさるうちに、灯火などが消え入るようにお亡くなりになったので、言いようもなく悲しいことをお嘆きになる。

尊いご身分と申し上げる方々の中でも、お心ばえなどが、世のためにもあまねく慈悲深くいらっしゃって、権勢にことよせて人の嘆きとなるようなことなども自然と交じるものだが、少しもそのような間違いもなく、人がお仕えすることでも、世の人の苦しみとなりそうなことは、おやめになる。

功徳の方面でも、人の勧めに従って、盛大に珍しいことをなさる人などは、昔の賢明な御代にも皆あったものだが、この宮はそのようなこともなく、ただもともとの宝物や、お受けになるはずの官職や位階、御封の収入の中から、しかるべき限りのことをして、本当に心深いことの限りをしておかれたので、物事をわきまえないような山伏などまでもお惜しみ申し上げる。

ご葬送申し上げるにつけても、世の中が騒ぎ立てて、悲しいと思わない人はいない。殿上人なども皆一様に黒い喪服を着て、何の華やかさもない春の暮れである。源氏は、二条院の御前の桜をご覧になっても、花の宴の折などをお思い出しになる。「今年ばかりは」とひとり言をおっしゃって、人が見とがめそうなので、御念誦堂に籠もって、一日中泣き暮らしなさる。

夕日が華やかに差して、山際の梢がはっきりと見えるところに、雲が薄くたなびいているのが鈍色であるのを、何事もお目にとまらないころだけれど、たいそうしみじみとお思いになる。「入日の差す峰にたなびく薄雲は、喪に服して物思いに沈む私の袖の色に、似せているのだろうか」。人の聞かない所なので、かいがない。

意訳

藤壺は、高い宿世に恵まれながらも、人に勝る悩みを抱えた生涯を振り返り、冷泉帝が出生の秘密を知らないことだけを気がかりに思う。源氏は几帳のそばに寄り、藤壺は源氏の後見に感謝の言葉をほのかに伝える。源氏が答えるうちに、藤壺は灯火が消えるように亡くなる。

藤壺は人々の苦しみとなることを避け、心深い功徳を積んだ人として、山伏までもがその死を惜しむ。源氏は桜を見て嘆き、念誦堂に籠もって泣き暮らし、夕日に照らされた鈍色の薄雲を見て、哀傷の歌を詠む。

語釈・文法注

がうけ
権家(ごうけ)。権勢のある家。権勢を笠に着て人を苦しめることをいう。
今年ばかりは
「深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染に咲け」(古今集・上野岑雄)の一節。藤原基経の死を悼んだ歌で、桜に喪の色に咲いてほしいと願う。

文法

「ばかり」の限定(今年ばかりは)
「今年だけは」。
疑問の「や」(いろやまがへる)
「色を似せているのだろうか」。「まがへる」は連体形で係り結び。

和歌

入日さす峯にたなびくうす雲はものおもふ袖にいろやまがへる

詠者
光源氏
状況
藤壺の死を悼み、夕日に照らされた鈍色の薄雲を見て詠んだ歌。入日の差す峰にたなびく薄雲は、喪に服して物思いに沈む私の袖の色に、似せているのだろうか。

修辞

見立て
鈍色(にびいろ)の薄雲を、喪服の袖の色に見立てる。巻名「薄雲」はこの歌に由来する。

解説

藤壺の死は、源氏物語の第一部における大きな転機である。源氏の永遠の思慕の対象であり、冷泉帝の母として秘密を抱え続けた藤壺は、帝に秘密を知らせないまま、灯火が消えるように静かに世を去る。

巻名「薄雲」は、源氏の哀傷歌に由来する。夕日に照らされた鈍色の薄雲を喪服の袖に見立てた歌は、藤壺への深い思いを、人知れず念誦堂でひとり詠むという形で表している。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、356–359頁(コマ181–182)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日