源氏物語 第19帖 薄雲(8)
夜居の僧都の密奏
法事が終わり、冷泉帝は心細く思う。藤壺の母后の代から仕えた七十歳ほどの僧都が、夜居の僧として帝のそばに仕えていた。静かな明け方、僧都は、罪になることを恐れながらも、帝が知らずにいるほうが罪が重いと言って、帝の出生の秘密を明かす。帝は驚き、心乱れる。僧都は、天変地異は帝が実の父を知らずにいることへの天のさとしだと語り、泣く泣く退出する。

- 1御御おんわざわざわざなどなどなどももも過過すぎぎぎててて事事ことどもどもどもしづまりしづまりしずまりててて、、、帝帝みかど物物もの心心こころぼそくぼそくぼそく思思おぼしししたりたりたり。。。このこのこの入道入道にゅうどうののの宮宮みやののの御御おん母后母后ははきさきののの御御おん世世よよりよりより傳傳つたわりりりててて、、、御御おん祈祈いのりののの師師しにてにてにて侍侍さぶらひひいけるけるける僧都僧都そうず、、、故故こ宮宮みやにににもももいといといとやんごとなくやんごとなくやんごとなく親親したしきしきしきものものものにににおぼしおぼしおぼしたりたりたりしししをををおほやけおほやけおおやけにににももも重重おもききき御御おんおぼえおぼえおぼえにてにてにていかめしきいかめしきいかめしき御御おんぐわんぐわんがんどもどもども多多おおくくくたてゝたてゝたてて世世よにににかしこきかしこきかしこき聖聖ひじりなりなりなりけるけるける。。。
- 2年年とし七十七十ななそじばかりばかりばかりにてにてにて今今いまははは終終ついのののおこなひおこなひおこないをををせせせむむんとととててて籠籠こもりりりたるたるたるががが、、、宮宮みやののの御御おん事事ことににによりよりよりててて出出いでででたるたるたるをををうちうちうちよりよりより召召めしししありありありててて常常つねにににさぶらはさぶらはさぶらわせせせ給給たまふふう。。。このこのこの比比ころははは猶猶なおもともともとののの如如ごとくくく參參まいりりりさぶらはさぶらはさぶらわるるるべきべきべきよしよしよし大臣大臣おとどももも勸勸すすめめめのののたまへたまへたまえばばば「「「今今いまはははなどなどなどいといといと堪堪たへへえ難難がとううう覺覺おぼえええ侍侍はべれれれどどど、、、仰言仰言おおせごとのののかしこきかしこきかしこきににによりよりよりふるきふるきふるき御御おん志志こころざしをををそへそへそえててて」」」とととてててさぶらふさぶらふさぶらうににに、、、
- 3靜靜しずかなるなるなる曉曉あかつきににに人人ひとももも近近ちかくくく侍侍さぶらははわずずずあるあるあるはははまかでまかでまかでなどなどなどしししぬるぬるぬる程程ほどににに古代古代こたいにににうちうちうちしはぶきしはぶきしわぶきつゝつゝつつ世世よののの中中なかののの事事ことどもどもども奏奏そうししし給給たまふふう序序ついでににに
- 4「「「いといといと奏奏そうししし難難がたくくくてててかへりてかへりてかえりてははは罪罪つみにににもももややや能能まかりりりあたらあたらあたらむむんととと思思おもひひい給給たまへへえ憚憚はばかるるる事事こと多多おおかれかれかれどどど、、、しろしめさしろしめさしろしめされれれぬぬぬににに罪罪つみ重重おもくくくててて天天てんのののまなこまなこまなこ恐恐おそろしくしくしく思思おもううう給給たまへへえらるゝらるゝらるることことことををを心心こころにににむせびむせびむせび侍侍はべりりりつゝつゝつつ命命いのち終終おわりりり侍侍はべりりりなななばばば何何なにのののやくやくやくかかかははは侍侍はべらららむむん。。。佛佛ほとけももも心心こころぎたなしぎたなしぎたなしとととややや思思おぼしししめさめさめさむむん」」」とととばかりばかりばかり奏奏そうしししさしさしさしてててえええうちうちうち出出いでででぬぬぬことことことありありあり。。。
- 5うへうへうえ何事何事なにごとならならならむむん、、、このこのこの世世よににに怨怨うらみ殘殘のこるるるべくべくべく思思おもふふうことことことやややあらあらあらむむん、、、法師法師ほうしははは聖聖ひじりととといへいへいえどもどもどもあるあるあるまじきまじきまじき橫橫よこさまさまさまのののそねみそねみそねみ深深ふかくくくうたてうたてうたてあああなるなるなるものものものをををとととおぼしおぼしおぼしててて「「「いはけなかりいはけなかりいわけなかりししし時時ときよりよりより隔隔へだててて思思おもふふうことことことなきなきなきををを、、、そこそこそこにににはははかくかくかく忍忍しのびびび殘殘のこささされれれたるたるたる事事ことありありありけるけるけるをををなむなむなんつらくつらくつらく思思おもひひいぬるぬるぬる」」」とととのののたまはすれたまはすれたまわすればばば
- 6「「「あなあなあなかしこかしこかしこ、、、更更さらににに佛佛ほとけのののいさめいさめいさめ守守まもりりり給給たまふふう眞言眞言しんごんののの深深ふかききき道道みちをををだにだにだに隱隱かくししし留留とどむるむるむることことことなくなくなく廣廣ひろめめめ仕仕つこうううまつりまつりまつり侍侍はべりりり。。。ましてましてまして心心こころにににくまくまくまあるあるあることことこと何事何事なにごとにににかかか侍侍はべらららむむん。。。
- 7これこれこれはははきしきしきし方方かた行行ゆくくくさきさきさきののの大事大事だいじととと侍侍はべるるることことことををを、、、過過すぎぎぎおはしましおはしましおわしましにににししし院院いんきさいきさいきさいののの宮宮みや、、、只今只今ただいま世世よをををまつりごちまつりごちまつりごち給給たまふふうおとゞおとゞおとどののの御御おんためためためすべてすべてすべてかへりてかへりてかえりて善善よからからからぬぬぬ事事ことにににやややもりもりもり出出いででで侍侍はべらららむむん。。。かゝるかゝるかかるおいおいおい法師法師ほうしののの身身みにににはははたとひたとひたとい憂憂うれへへえ侍侍はべりりりともともとも何何なにののの悔悔くいかかか侍侍はべらららむむん。。。佛天佛天ぶつてんののの告告つげげげあるあるあるににによりよりよりててて奏奏そうししし侍侍はべるるるなりなりなり。。。
- 8我我わががが君君きみはらまれはらまれはらまれおはしましおはしましおわしましたりたりたりししし時時ときよりよりより故故こ宮宮みやののの深深ふかくくく思思おぼししし歎歎なげくくく事事ことありありありててて御御おん祈祈いのり仕仕つこうううまつらまつらまつらせせせ給給たまふふう故故ゆえなむなむなん侍侍はべりりりししし。。。委委くわしくしくしく法師法師ほうしののの心心こころにににえええ悟悟さとりりり侍侍はべらららずずず。。。
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- 12「「「更更さらににになにがしなにがしなにがしととと王命婦王命婦おうみょうぶとととよりよりより外外ほかののの人人ひとこのこのこの事事ことののの氣色氣色けしき見見みたるたるたる侍侍はべらららずずず、、、さるさるさるににによりよりよりなむなむなんいといといと恐恐おそろしうしうしゅう侍侍はべるるる、、、天變天變てんぺん頻頻しきりにににさとしさとしさとし世世よののの中中なか靜靜しずかならならならぬぬぬはははこのこのこのけけけなりなりなり。。。いときなくいときなくいときなく物物ものののの心心こころしろしめすしろしめすしろしめすまじかりまじかりまじかりつるつるつる程程ほどこそこそこそ侍侍はべりりりつれつれつれ。。。
- 13やうやうやうやうようよう御御おん齡齡よわい足足たりりりおはしましおはしましおわしましててて何事何事なにごとももも辨辨わきまへへえさせさせさせ給給たまふふうべきべきべき時時ときににに至至いたりりりてててとがとがとがをををもももしめすしめすしめすなりなりなり。。。よろづよろづよろずののの事事こと親親おやののの御御おん世世よよりよりより始始はじまるまるまるにににこそこそこそ侍侍はべるるるなれなれなれ。。。何何なにののの罪罪つみととともももしろしめさしろしめさしろしめさぬぬぬががが恐恐おそろしきしきしきににによりよりより、、、思思おもひひい給給たまへへえ消消けちちちてててしししことことことををを更更さらににに心心こころよりよりより出出いだししし侍侍はべりりりぬるぬるぬることことこと」」」とととなくなくなくなくなくなく聞聞きこゆるゆるゆるほどほどほどににに明明あけけけはてはてはてぬれぬれぬればばばまかでまかでまかでぬぬぬ。。。
現代語訳
法事なども過ぎて、諸事が落ち着いてから、帝は何となく心細くお思いになっていた。この入道の宮の御母后の御代から伝わって、ご祈祷の師としてお仕えしていた僧都は、故宮もたいそう尊く親しい者とお思いになっていて、朝廷でも重く用いられ、立派なご祈願を多く立てて、世に尊い聖であった。
年は七十ほどで、今は最後の勤行をしようと山に籠もっていたが、宮のことで山を出ていたのを、宮中からお召しがあって、いつもお側にお仕えさせなさる。このごろは、やはり以前のように参内してお仕えするようにと、大臣(源氏)もお勧めになるので、「今は夜居などはたいそう堪えがたく思われますが、仰せの畏れ多さに、昔からのご厚意に報いる気持ちも加えて」と言ってお仕えしていたが、
静かな明け方に、人もお側近くに控えておらず、あるいは退出などしてしまったころに、古風に咳払いをしながら、世の中のことなどを奏上なさるついでに、
「たいそう奏上しにくくて、かえって罪にも当たるのではないかと恐れはばかることが多いのですが、ご存じないために罪が重くて、天の眼が恐ろしく思われますことを、心にむせびながら命が終わってしまいましたら、何の役に立ちましょう。仏も、心汚い者とお思いになるでしょう」とだけ奏上しかけて、言い出せないことがある。
帝は、何事だろう、この世に恨みが残るように思うことがあるのだろうか、法師は聖といっても、あってはならない邪な嫉みが深くて嫌なものだそうだが、とお思いになって、「幼かった時から隔てなく思っているのに、そなたには、このように隠していたことがあったのを、つらく思うよ」とおっしゃると、
「ああ畏れ多い。仏がいさめ守っていらっしゃる真言の深い道でさえ、隠しとどめることなく広めてお仕えしてまいりました。まして、心に隠しごとのあることなど、何がございましょう。
これは過去と未来に関わる大事でございますのに、亡くなられた院や后の宮、今、世を治めていらっしゃる大臣のおためには、かえってすべてよくないこととして漏れ出てしまうでしょうか。このような老法師の身には、たとえ咎めを受けましても、何の悔いがございましょう。仏天のお告げがあるので、奏上いたすのです。
わが君がお腹に宿っていらっしゃった時から、故宮が深くお嘆きになることがあって、ご祈祷をおさせになるわけがございました。詳しいことは、法師の心にはわかりかねます。思いがけない事件があって、大臣が無実の罪に当たりなさった時、宮はいっそう恐れなさって、重ねてご祈祷をお命じになりましたのを、大臣もお聞きになって、さらに加えてお命じになって、わが君が御位におつきになるまでお仕えすることがございました。そのお命じになった趣旨は」と言って、詳しく奏上するのを、
帝はお聞きになると、あきれるほど珍しく、恐ろしくも悲しくも、さまざまにお心が乱れた。しばらくお返事もないので、僧都は、進んで奏上したのを不都合だとお思いになったのだろうかと、気になって、そっと恐縮して退出するのを、帝は呼び止めて、
「知らずに過ごしてしまったなら、来世まで咎めを受けるはずだったことを、今まで隠していたことを、かえって油断ならない心だと思う。また、このことを知っていて、漏らし伝えるような者がいるだろうか」とおっしゃる。
「まったく、私と王命婦とのほかには、このことの事情を知る者はおりません。そのためにこそ、たいそう恐ろしいのでございます。天変がしきりに起こり、世の中が穏やかでないのは、このためです。幼くて物事がおわかりにならないうちはともかく、だんだんお年も満ちて、何事もわきまえなさるべき時に至って、天が咎めを示すのです。何事も親の御代から始まるのでございます。何の罪ともご存じないのが恐ろしいので、思い消していたことを、改めて心から申し出たのです」と、泣く泣く申し上げるうちに、すっかり夜が明けたので退出した。
意訳
藤壺の母后の代から仕えた七十歳ほどの僧都が、夜居の僧として冷泉帝のそばに仕えていた。静かな明け方、僧都は、帝が知らずにいるほうが罪が重いと言って、帝の出生の秘密を明かす。
帝は驚き、心乱れる。僧都は、秘密を知るのは自分と王命婦だけであり、天変地異は帝が実の父を知らずにいることへの天のさとしだと語り、泣く泣く退出する。
語釈・文法注
- 夜居
- 夜、天皇の寝所の近くに控えて加持祈祷をすること。また、その僧。
文法
- 反実仮想の「ましかば」(過ぎなましかば…べかりける)
- 「知らずに過ごしてしまったなら、咎めを受けるはずだった」。
- 「こそ…つれ」の逆接(程こそ侍りつれ。)
- 「うちはともかく」。「こそ」の結びの已然形で、逆接の余韻を残す。
解説
夜居の僧都の密奏は、源氏物語の大きな転換点である。冷泉帝は、自分が源氏と藤壺の子であることを初めて知る。藤壺が死の床で最も気にかけていた秘密が、彼女の死後すぐに明かされることになる。
僧都は、天変地異を帝が実の父を知らずにいることへの天のさとしと解釈する。親を臣下として仕えさせていることは、儒教的な孝の観念からも大きな罪であった。この密奏により、帝は源氏への譲位を考えるようになる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、358–361頁(コマ182–183)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日