源氏物語 第14帖 澪標(14)
斎宮入内の計画
朱雀院は、伊勢下向の日に見た斎宮の美しさが忘れられず、院に迎えたいと望んでいた。源氏は院の意向に背くことを畏れながらも、斎宮を冷泉帝に入内させたいと考え、藤壺に相談する。藤壺は御息所の遺言を口実に入内させるよう勧め、源氏は斎宮をひとまず二条院に迎えることにする。紫の上もそれを喜ぶ。藤壺は、年若い冷泉帝のために、年上の後見役の妃がいることを心強く思う。

- 1院院いんにににもももかのかのかのくだりくだりくだり給給たまひひいししし日日ひのののいつくしかりいつくしかりいつくしかりししし儀式儀式ぎしきにににゆゝしきゆゝしきゆゆしきまでまでまで見見みえええ給給たまひひいししし御御おんかたちかたちかたちををを忘忘わすれれれ難難がとうううおぼしおぼしおぼし置置おきききけれけれければばば、、、參參まいりりり給給たまひひいててて、、、「「「齋院齋院さいいんなどなどなど御御おんはらからはらからはらからののの宮々宮々みやみやおはしますおはしますおわしますたぐひたぐひたぐいにてにてにてさぶらひさぶらひさぶらい給給たまへへえ」」」ととと御息所御息所みやすどころにににももも聞聞きこえええ給給たまひひいにににききき。。。
- 2されどされどされどやんごとなきやんごとなきやんごとなき人々人々びと侍侍さぶらひひい給給たまふふうにににかずかずかずかずかずかずなるなるなる御御おんうしろみうしろみうしろみもももなくなくなくてててやややととと覺覺おぼしししつゝみつゝみつつみ、、、うへうへうえはははいといといとあつしうあつしうあつしゅうおはしますおはしますおわしますももも恐恐おそろしうしうしゅう、、、又又また物思物思ものおもひひいやややくはへくはへくわえむむんととと憚憚はばかりりりててて過過すぐしぐしぐし給給たまひひいしししををを、、、今今いまはははましてましてまして誰誰たれかかかははは仕仕つこうううまつらまつらまつらむむんととと人々人々びと思思おもひひいたるたるたるをををねんごろねんごろねんごろににに院院いんにににはははおぼしおぼしおぼしのののたまはせたまはせたまわせけりけりけり。。。
- 3おとゞおとゞおとど聞聞きききき給給たまひひいててて院院いんよりよりよりみけしきみけしきみけしきあらあらあらむむんをををひきひきひきたがへたがへたがえよこどりよこどりよこどり給給たまははわむむんをををかたじけなきかたじけなきかたじけなき事事こととととおぼすおぼすおぼすににに、、、人人ひとののの御御おん有樣有樣ありさまのののいといといとらうたげらうたげろうたげににに見見み放放はなたたたむむんはははまたまたまた口惜口惜くちおしうしうしゅうててて入道入道にゅうどうののの宮宮みやにににぞぞぞ聞聞きこえええ給給たまひひいけるけるける。。。
- 4「「「かうかうかうかうこうこうのののことことことをををなむなむなん思思おもううう給給たまへへえわづらふわづらふわずらうににに母母ははみやすみやすみやす所所どころいといといとおもおもしくおもおもしくおもおもしく心心こころ深深ふかきききさまさまさまににに物物ものししし侍侍はべりりりしししををを、、、あぢきなきあぢきなきあじきなきすきすきすき心心こころにににまかせまかせまかせてててさるさるさるまじきまじきまじき名名なをををももも流流ながしししうきうきうきものものものににに思思おもひひい置置おかかかれれれ侍侍はべりりりにににしししをををなむなむなん世世よにににいとほしういとほしういとおしゅう思思おもひひい給給たまふるふるうる。。。
- 5このこのこの世世よにてにてにてそのそのその恨恨うらみののの心心こころとけとけとけずずず過過すぎぎぎ侍侍はべりりりにににしししををを、、、今今いまはははとととなりなりなりてててのののきはきはきわにににこのこのこの齋宮齋宮さいぐうののの御御おん事事ことをををなむなむなん物物ものせせせられられられしかしかしかばばば、、、さささももも聞聞きききき置置おききき心心こころにににももも殘殘のこすすすまじうまじうまじゅうこそこそこそはははさすがさすがさすがににに見見み置置おききき給給たまひひいけめけめけめととと思思おもひひい給給たまふるふるうるにににももも忍忍しのびびびがたうがたうがとう、、、
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現代語訳
朱雀院も、あの斎宮が伊勢にお下りになった日、大極殿での厳かな儀式で、不吉なほど美しくお見えになったご容貌を忘れがたくお思いになっていたので、御息所が帰京なさると、「斎院など、ご姉妹の宮々がいらっしゃるのと同じようにして、私のもとにお仕えなさい」と御息所にも申し上げなさったのだった。けれども御息所は、身分の高い方々がお仕えしていらっしゃる所に、これといったご後見もなくてはと遠慮して、院がたいそうご病気がちでいらっしゃるのも恐ろしく、また娘に物思いが加わるのではと気がかりで、そのままにしていらっしゃったのを、今はまして誰がお世話申し上げようかと人々が思っているのを、院は心をこめてお望みになっておっしゃるのだった。
源氏の大臣はお聞きになって、院からご意向があるのを無視して横取りするのは畏れ多いことだとお思いになるが、斎宮のご様子がたいそうかわいらしいので、手放してしまうのもまた残念で、入道の宮(藤壺)にご相談申し上げなさった。
「これこれのことを思い悩んでおりますが、母の御息所はたいそう重々しく思慮深い人でございましたのに、私はつまらない浮気心にまかせて、あってはならない浮き名まで立てて、つらい者と思われてしまったのを、本当に気の毒に存じております。この世でその恨みの心が解けないまま亡くなってしまいましたが、いよいよという時に、この斎宮のことを頼まれましたので、そのように聞き届けて、心残りのないようにはしてくれるだろうと、さすがに見込んでくださったのだろうと思いますにつけても忍びがたく、
世間一般のことにつけてさえ、気の毒なことは見聞きして放っておけないものでございますので、どうにかして亡き後にでも、あの恨みを忘れるほどにと存じますが、帝も、あのように大人びていらっしゃいますが、まだ幼いご年齢でいらっしゃいますので、少し物の道理をわきまえた人がお仕えしてもよいのではと存じますが、ご判断を」と申し上げなさると、
藤壺は「たいそうよくお考えつきになりましたね。院もお望みでいらっしゃることは、本当に畏れ多く、お気の毒ではありますが、あのご遺言を口実にして、知らないふりをして入内させておあげなさいませ。院は今はもう、そうしたことはお心にとめずに、ご勤行がちになっていらっしゃるので、このように申し上げなさっても、深くはお咎めにならないだろうと思います」、源氏は「それでは、ご意向があって人数に加えてくださるなら、私は入内の世話をするくらいの役目をすることにいたしましょう。あれこれと考え残すことなく、ここまでの心づもりもお話し申し上げますが、世間の人はどう思うだろうかと気がかりでございます」などと申し上げなさって、後には、本当に知らないふりをして、斎宮をこの二条院にお移し申し上げようとお思いになる。
女君(紫の上)にも、「こういうことを考えています。お話し相手として過ごしなさるのに、たいそうちょうどよい年ごろの間柄でしょう」とお話しになると、紫の上はうれしいこととお思いになって、お移りの準備を急ぎなさる。
入道の宮は、兵部卿の宮が姫君を早く入内させようと大切に育てて騒いでいらっしゃるようなのを、源氏の大臣と仲違いしている中で、どのようにお扱いになるだろうかと心苦しくお思いになる。権中納言の御娘は、弘徽殿の女御と申し上げる。太政大臣の御子として、たいそう重々しく大切にお扱いになっている。帝もよい遊び相手とお思いになっている。兵部卿の宮の中の君も同じ年ごろでいらっしゃるので、困ったことに雛遊びのような気がするだろうから、大人びたご後見はたいそううれしいことだとお思いになっておっしゃって、そのようなご意向を帝に申し上げなさりながら、
源氏の大臣が何事にも行き届かないところがなく、朝廷のご後見はいうまでもなく、明け暮れにつけて細やかなお心配りがたいそうありがたく見えなさるのを、頼もしいものとお思い申し上げなさって、ご自身はたいそう病気がちでばかりいらっしゃるので、参内なさっても気楽にお付き添いになることも難しいので、少し大人びて帝のお側にお仕えするご後見役は、ぜひとも必要なことであった。
意訳
朱雀院は、伊勢下向の日に見た斎宮の美しさが忘れられず、院に迎えたいと望んでいた。源氏は院の意向に背くことを畏れながらも、斎宮を冷泉帝に入内させたいと考え、藤壺に相談する。
藤壺は御息所の遺言を口実に入内させるよう勧め、源氏は斎宮をひとまず二条院に迎えることにし、紫の上も喜ぶ。年若い冷泉帝の後宮には弘徽殿女御などがいるが、病がちな藤壺は、年上の後見役の妃がいることを心強く思う。
語釈・文法注
- 大極殿
- 大内裏の正殿。即位式などの国家的儀式が行われた。斎宮が伊勢に下向する時には、ここで天皇が斎宮の額に別れの櫛を挿す儀式が行われた。賢木の巻に描かれている。
文法
- 過去推量の「けめ」(見置き給ひけめ)
- 「見込んでくださったのだろう」。「こそ」の結びで已然形となる。
- 打消推量の「じ」(おぼし咎めじ)
- 「お咎めにならないだろう」。
解説
斎宮の入内をめぐって、源氏は朱雀院の意向に背くことになる。藤壺が御息所の遺言を口実にするよう勧めるのは、冷泉帝の後見を固めようとする母としての、また政治家としての判断である。
源氏と藤壺が協力して冷泉帝の後宮を整える場面は、二人の秘密の子を守る共同作業でもある。権中納言の娘(弘徽殿女御)や兵部卿宮の娘との対抗関係は、次の絵合の巻で、絵の優劣を競う形で描かれることになる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、302–305頁(コマ154–155)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日