新古今和歌集 巻第二十 釈教歌 1967番
今ぞこれ
今こそこれなのだ。入り日を見ても思ってきた、弥陀の御国の夕暮れの空は。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕美福門院が、極楽六時讃の絵に書くための歌を差し上げるようにとのことでしたので、詠みました時に、「大衆法を聞きていよいよ歓喜瞻仰せむ」。
今こそこれなのだ。入り日を見ても思ってきた、弥陀の御国の夕暮れの空は。
意訳
入り日を見るたびに思い描いてきた阿弥陀仏の浄土の夕暮れの空とは、今まさにこれなのだ。
語釈・文法注
- 極樂六時讃
- 源信作の和讃。
和歌
- 作者
- 藤原俊成(ふじわらのとしなり(しゅんぜい)) 1114–1204
藤原定家の父。『千載和歌集』を撰び、歌論書『古来風体抄』を著した。余情と「幽玄」を重んじる歌風で、御子左家の歌学の基礎を築き、新古今時代の歌人たちを導いた。法名は釈阿。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第二十・釈教歌・1967番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「美福門院の、極樂六時讃の繪に書かるべき歌奉るべき由侍りけるに、詠み侍りける時に、大衆法を聞きて彌歡喜瞻仰せむ」(美福門院が、極楽六時讃の絵に書くための歌を差し上げるようにとのことでしたので、詠みました時に、「大衆法を聞きていよいよ歓喜瞻仰せむ」)。
修辞
- 初句切れ
- 初句切れ。
- 体言止め
- 体言止め。
解説
俊成の歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、364頁(コマ192)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日