古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第十八 雑歌下 1717番

古の

藤原定子(ふじわらのていし(さだこ))

昔の海人は煙となってしまったのだろうか。人影も見えない塩竈の浦よ。

作者
一條院皇后宮(藤原定子)
  1. 1屏風びやうぶ屏風びやうぶびょうぶののの繪ゑ繪ゑえににに、、、鹽竈しほがま鹽竈しほがましおがまののの浦うら浦うらうら書か書かかきてきてきて侍はべ侍はべはべりけるりけるりけるををを詞書
  2. 2古いにしへ古いにしへいにしえののの初句
  3. 3あまやあまやあまや烟けぶり烟けぶりけぶりととと二句
  4. 4なりぬらむなりぬらむなりぬらむ三句
  5. 5人目ひとめ人目ひとめひとめももも見み見みみえぬえぬえぬ四句
  6. 6しほがまのしほがまのしおがまの浦うら浦うらうら結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕屏風の絵に塩竈の浦が描いてあったのを。

昔の海人は煙となってしまったのだろうか。人影も見えない塩竈の浦よ。

意訳

昔ここで塩を焼いていた海人たちは、みな火葬の煙になってしまったのだろうか。人の姿も見えない塩竈の浦よ。

語釈・文法注

鹽竈の浦
陸奥国の歌枕。塩焼きで知られる。

和歌

作者
藤原定子(ふじわらのていし(さだこ)) 977–1001
関白藤原道隆の娘。一条天皇の中宮、のち皇后。清少納言が仕え、『枕草子』にその後宮が描かれる。
出典
『新古今和歌集』巻第十八・雑歌下・1717番
歌体
短歌
状況
詞書「屏風の繪に、鹽竈の浦書きて侍りけるを」(屏風の絵に塩竈の浦が描いてあったのを)。

修辞

三句切れ
三句切れ。
体言止め
体言止め。

解説

定子の歌。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、315頁(コマ167)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日