古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第十七 雑歌中 1612番

今日とてや

藤原俊成(ふじわらのとしなり(しゅんぜい))

今日というので、磯菜を摘んでいるのだろうか、伊勢島の一志の浦の海人の少女は。

作者
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  1. 1太神宮だいじんぐう太神宮だいじんぐうだいじんぐうににに奉たてまつ奉たてまつたてまつりけるりけるりける百首ひやくしゆ百首ひやくしゆひゃくしゅののの歌うた歌うたうたののの中なか中なかなかににに、、、若菜わかな若菜わかなわかなをををよめるよめるよめる詞書
  2. 2今日けふ今日けふきょうとてやとてやとてや初句
  3. 3磯菜いそな磯菜いそないそな摘つ摘つつむらむむらむむらむ二句
  4. 4伊勢いせ伊勢いせいせ島しま島しましまややや三句
  5. 5一志いちし一志いちしいちしののの浦うら浦うらうらののの四句
  6. 6蜑あま蜑あまあまののの少女子をとめご少女子をとめごおとめご結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕太神宮に献上した百首歌の中で、若菜を詠んだ歌。

今日というので、磯菜を摘んでいるのだろうか、伊勢島の一志の浦の海人の少女は。

意訳

若菜を摘む今日だというので、伊勢の一志の浦の海人の少女たちは、磯菜を摘んでいるのだろうか。

語釈・文法注

一志の浦
伊勢国の歌枕。

和歌

作者
藤原俊成(ふじわらのとしなり(しゅんぜい)) 1114–1204
藤原定家の父。『千載和歌集』を撰び、歌論書『古来風体抄』を著した。余情と「幽玄」を重んじる歌風で、御子左家の歌学の基礎を築き、新古今時代の歌人たちを導いた。法名は釈阿。
出典
『新古今和歌集』巻第十七・雑歌中・1612番
歌体
短歌
状況
詞書「太神宮に奉りける百首の歌の中に、若菜をよめる」(太神宮に献上した百首歌の中で、若菜を詠んだ歌)。

修辞

二句切れ
二句切れ。
倒置
倒置。
体言止め
体言止め。

解説

俊成の歌。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、296頁(コマ158)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日