新古今和歌集 巻第十七 雑歌中 1613番
鈴鹿山
鈴鹿山よ、憂き世をよそに振り捨てて、どうなっていくわが身なのだろう。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕伊勢へ下った時に詠んだ歌。
鈴鹿山よ、憂き世をよそに振り捨てて、どうなっていくわが身なのだろう。
意訳
鈴鹿山を越え、憂き世をよそに振り捨ててきた。この先わが身はどうなっていくのだろう。
語釈・文法注
- ふり
- 鈴を「振り」と「振り捨て」を掛ける。
- なり
- 鈴が「鳴り」と「成り」を掛ける。
和歌
- 作者
- 西行法師(さいぎょうほうし) 1118–1190
俗名は佐藤義清(のりきよ)。鳥羽院の北面の武士だったが、二十三歳で出家し、諸国を旅して歌を詠んだ。自然と人生の哀感を率直に詠み、『新古今和歌集』に最も多い九十四首が入る。家集に『山家集』がある。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第十七・雑歌中・1613番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「伊勢にまかりける時よめる」(伊勢へ下った時に詠んだ歌)。
修辞
- 縁語
- 「鈴」「ふり」「なり」。
解説
西行の歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、296頁(コマ158)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日