古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第十六 雑歌上 1504番

月をなど

藤原範兼(ふじわらののりかね)

月をどうして待たれるばかりと思ったのだろう。本当に山の端は出にくいものだった。

作者
刑部卿範兼(藤原範兼)
  1. 1三井寺みゐでら三井寺みゐでらみいでらにまかりてにまかりてにまかりて、、、日頃ひごろ日頃ひごろひごろ過す過すすぎてぎてぎて歸かへ歸かへかえらむとしけるにらむとしけるにらむとしけるに、、、人々ひとびと人々ひとびとひとびと名殘なごり名殘なごりなごり惜を惜をおしみてよみしみてよみしみてよみ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける詞書
  2. 2月つき月つきつきをををなどなどなど初句
  3. 3待ま待ままたれのみすとたれのみすとたれのみすと二句
  4. 4思おも思おもおもひけむひけむいけむ三句
  5. 5げにげにげに山やま山やまやまののの端は端ははははは四句
  6. 6出い出いいででで憂う憂ううかりけりかりけりかりけり結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕三井寺に出かけて、何日か過ごして帰ろうとした時に、人々が名残を惜しんで詠みました歌に。

月をどうして待たれるばかりと思ったのだろう。本当に山の端は出にくいものだった。

意訳

月が山の端から出るのを、どうしてもどかしいと思っていたのだろう。私も山を出るのがこんなにつらいとわかった。

語釈・文法注

和歌

作者
藤原範兼(ふじわらののりかね) 1107–1165
藤原能兼の子。刑部卿に至った。学者として知られ、歌学書『和歌童蒙抄』や歌枕の書『五代集歌枕』を著した。
出典
『新古今和歌集』巻第十六・雑歌上・1504番
歌体
短歌
状況
詞書「三井寺にまかりて、日頃過ぎて歸らむとしけるに、人々名殘惜しみてよみ侍りける」(三井寺に出かけて、何日か過ごして帰ろうとした時に、人々が名残を惜しんで詠みました歌に)。

修辞

三句切れ
三句切れ。

解説

範兼の歌。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、275頁(コマ147)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日