新古今和歌集 巻第十六 雑歌上 1467番
春くれば
春が来ると、やはりこの世が名残惜しい。いつまたこのような花を見られるだろうか。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕入道前関白太政大臣の家の歌合で。
春が来ると、やはりこの世が名残惜しい。いつまたこのような花を見られるだろうか。
意訳
春が来ると、やはりこの世が名残惜しく思われる。来世では、いつまたこんな美しい花を見られるだろうか。
語釈・文法注
和歌
- 作者
- 藤原俊成(ふじわらのとしなり(しゅんぜい)) 1114–1204
藤原定家の父。『千載和歌集』を撰び、歌論書『古来風体抄』を著した。余情と「幽玄」を重んじる歌風で、御子左家の歌学の基礎を築き、新古今時代の歌人たちを導いた。法名は釈阿。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第十六・雑歌上・1467番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「入道前關白太政大臣の家の歌合に」(入道前関白太政大臣の家の歌合で)。
修辞
- 三句切れ
- 三句切れ。
解説
俊成の歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、267頁(コマ143)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日