古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第十六 雑歌上 1466番

今はわれ

藤原俊成(ふじわらのとしなり(しゅんぜい))

今は私は、吉野の山の花こそ、わが宿のものとして見るべきなのだった。

作者
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  1. 1世よ世よよををを遁のが遁のがのがれてれてれて後のち後のちのち、、、百首ひやくしゆ百首ひやくしゆひゃくしゅののの歌うた歌うたうたよみよみよみ侍はべ侍はべはべりけるにりけるにりけるに、、、花はな花はなはなののの歌うた歌うたうたとてとてとて詞書
  2. 2今いま今いまいまはははわれわれわれ初句
  3. 3吉野よしの吉野よしのよしのののの山やま山やまやまののの二句
  4. 4花はな花はなはなをををこそこそこそ三句
  5. 5宿やど宿やどやどのものとものものとものものとも四句
  6. 6見み見みみるべかりけれるべかりけれるべかりけれ結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕出家した後、百首歌を詠みました時に、花の歌として。

今は私は、吉野の山の花こそ、わが宿のものとして見るべきなのだった。

意訳

世を捨てた今は、吉野の山の桜こそ、わが家の花として眺めるのがふさわしい。

語釈・文法注

和歌

作者
藤原俊成(ふじわらのとしなり(しゅんぜい)) 1114–1204
藤原定家の父。『千載和歌集』を撰び、歌論書『古来風体抄』を著した。余情と「幽玄」を重んじる歌風で、御子左家の歌学の基礎を築き、新古今時代の歌人たちを導いた。法名は釈阿。
出典
『新古今和歌集』巻第十六・雑歌上・1466番
歌体
短歌
状況
詞書「世を遁れて後、百首の歌よみ侍りけるに、花の歌とて」(出家した後、百首歌を詠みました時に、花の歌として)。

解説

俊成の歌。

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出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、267頁(コマ143)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日